比叡山で天台宗を学んだ明庵栄西禅師(1141〜1215)が、仁安3年(1168年)と文治3年(1187年)の二度の入宋から臨済禅の伝統を日本に最初に伝え、1202年(建仁二年/鎌倉時代)の建仁寺の創建で第一世となり、禅宗を広める土台を築いた。
栄西は、お茶を飲む習慣を伝えたことでも知られ、日本の茶祖ともいわれる。
明庵栄西は、一般には「みんなんえいさい」と呼ばれるが、寺伝では「ようさい」。
臨済宗・黄檗宗公式サイト「臨黄ネット」によれば、日本に始めて臨済禅を伝えたのは栄西禅師だが、現在の日本臨済宗を確立したのは江戸中期の白隠慧鶴 [はくいんえかく] 禅師(1685〜1768)で、日本臨済宗の開祖を栄西禅師と記述するのは適当ではないとしている。
臨済宗は、日本三禅宗(臨済宗、曹洞宗、黄檗宗)の一つ。 |