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作品に出てくる、国名・地名の漢字表記
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作家
作品
与謝野晶子

【三面一体の生活へ】
前年の海牙( ハーグ)における万国平和会議のように形式的なものでなくて、人道的平和運動の実際的要求が欧洲の戦場とその背後の交戦国民との間に血に染りながら動いていると思います。

大杉栄

【日本脱出記】
フランスの船は、海防(ハイフォン)とか西貢(サイゴン)とかの、仏領交趾支那の港に寄る。そして、そこからまた、満期になったフランスの下士官どもや兵隊が大勢乗った。

宮本百合子

【獄中への手紙 一九四五年(昭和二十年)】
金永鍵(この人は仏印の河内(ハノイ) 、仏国東洋学院同本部の図書主任)。

夏目漱石

【点頭録】
開戦の劈頭(へきとう)から首都巴里(パリー)を脅(おびや)かされやうとした仏蘭西(フランス)人の脳裏には英国民よりも遥(はるか)に深く此(この)軍国主義の影響が刻み付けられたに違ない。たゞでさへ何(ど)うして独逸(ドイツ)に復讐してやらうかと考へ続けに考へて来た彼等が、

与謝野晶子

【鏡心灯語 抄】
私はピカデリイやグラン・ブルヴァルの繁華な大通で、倫敦(ロンドン)人や巴里(パリイ)人の車馬と群衆とが少しの喧囂(けんごう)も少しの衝突もせずに軽快な行進を続けて行くのを見て驚かずにいられなかった。

岡本かの子

【異国食餌抄】
寒い季節になると巴里(パリ)の魚屋の店頭にはこうして産地から来た蝸牛が籠(かご)の中を這(は)い廻(まわ)っている。

岡本かの子

【異国食餌抄】
わたしのことを云(い)ふならば
シベリアを行(ゆ)き、独逸(ドイツ)行(ゆ)き、
君を慕うてはるばると
その巴里(パリイ)まで著(つ)いた月、

夢野久作

【暗黒公使(ダーク・ミニスター)】
私は去る一九二一年(大正十年)の春以来、応用化学の本場である仏蘭西(フランス)巴里(パリー)ドーフィン街四十番地の古ぼけた裏屋敷の二階に下宿住居(ずまい)をして、

谷譲次

【踊る地平線 海のモザイク】
欧羅巴(ヨーロッパ)を歩きつくすためには、私たちの前には、まだ残っている土地がある。で、早々に伊太利(イタリー)を離れた私達は、北上して雪の瑞西(スイツル)に遊び、そこから墺太利(オウスタリー)維納(ウインナ)に出て、あのへんを歩き廻ってチェッコ・スロヴキアへ這入り、プラアグに泊り、それから独逸(ドイツ)を抜けて巴里(パリー)へ帰ったのが三月末だった。

田中英光

【オリンポスの果実】
聖林(ハリウッド)に入ると、フォオド・シボレエを自動車(カア)ではなく機械(マシン)だと称する国だけあって、ぼく達の車も見劣(みおと)りするような瀟洒(しょうしゃ)な自動車が一杯(いっぱい)で、建物も白堊(はくあ)や銀色に塗られたのが多く、光り耀(かがや)くような街でした。

太宰治

【惜別】
亜米利加(アメリカ)も、かねて東洋に進み出る時機をうかがっていたが、遂にその頃、布哇(ハワイ)を得て、さらに長駆東洋侵略の歩をすすめて西班牙(イスパニヤ)と戦い比律賓(フィリッピン)を取り、

梶井基次郎

【海】
布哇(ハワイ)が見える。印度(インド)洋が見える。月光に洗われたべンガル湾が見える。現在眼の前の海なんてものはそれに比べたらラフな素材にしか過ぎない。

与謝野晶子

【激動の中を行く】
私が昨年の九州旅行で聞いた事ですが、布哇(ハワイ)や北やその他へ出稼ぎしている彼地方の男女は、毎年尠からぬ額の金を郷里へ送って父母の慰安とし、弟妹の教育費に当てる者が多く、中には家倉を新築させ、田畑を買わしめる者さえあるといいます。

夢野久作

【暗黒公使(ダーク・ミニスター)】
領(ふつりょう)印度(インド)に於ける豊富な油田に着眼した結果だと伝えられておりますが、この憐れな石油乞食と化しつつある日本民族の状態を布哇(ハワイ)比律賓(ヒリッピン)に居る米国の太平洋艦隊が如何にせせら笑っておりました事か。

齋藤茂吉

【接吻】
安料理の匈牙利(ハンガリー)グラシユが、一万五千クロネであるから、なるほど、「あそこの飯は少し高いよ」であつた。

内田魯庵

【灰燼十万巻(丸善炎上の記)】
現行書目にしも、英独仏露伊西以外、和蘭、瑞西、波蘭、瑞典、那威、澳太利匈牙利葡萄牙、墨西哥、アルゼンチン、将た印度、波斯、中央亜細亜あたりまでの各国書目を一と通り揃えていた。

ニコライ・ゴーゴリ
平井肇訳

【狂人日記】
まつたくの話が、おれは月の至つて軟らかで脆いことを想像すると、ほんとに心配で心配でたまらない。大抵、月は漢堡(ハンブルグ)でこしらへてゐるが、どうも出來がよくない。英吉利がそれに目をつけないのがおれには不思議でならん。

作家
作品
夢野久作

【 暗黒公使 ダーク・ミニスター】
日本では日同盟のお代りとなるべく締結された日協約が、更に一歩を進めて、新嘉坡(シンガポール)と、比律賓(ヒリッピン)に於ける海軍根拠地を同時に脅かすべく、印度(インド)に関する秘密協商となって進行し初めていた。
*編注:比律賓(フィリピン)

吉行エイスケ

孟買(ボンベイ)挿話】
孟買の花嫁である万国女のいる孟買市場の裏街では天幕の舞台で、緬甸(ビルマ)の女がバゴダ踊をおどっている。

作家
作品
田中英光

【オリンポスの果実】
ネルチンスキイというのは一船遅(おく)れて日本に遠征(えんせい)に来る筈(はず)の芬蘭(フィンランド)の陸上選手監督(かんとく)で、一足先きに事務上の連絡旁々(れんらくかたがた)この船に乗っ秘た、中年の好紳士(こうしんし)です。

谷譲次

【踊る地平線 白夜幻想曲】
フィンランド国―― 芬蘭土 (フィンランド )語ではスオミ、Suomi ――の首府へルシングフォウス―― 芬蘭土 (フィンランド )語でヘルシンキ――は、密林と海にかこまれた、泣き出したいほどさびしい貧しい町だった。

芥川龍之介

【MENSURA ZOILI】
「外国から輸入される書物や絵を、一々これにかけて見て、無価値な物は、絶対に輸入を禁止するためです。この頃では、日本、英吉利(イギリス)、独逸(ドイツ)、墺太利(オオストリイ)、仏蘭西(フランス)、露西亜(ロシア)、伊太利(イタリイ)、西班牙(スペイン)、亜米利加(アメリカ)、瑞典(スウエエデン)、諾威(ノオルウエエ)などから来る作品が、皆、一度はかけられるそうですが、どうも日本の物は、あまり成績がよくないようですよ。

島崎藤村

【芽生】
君は仏蘭西(フランス)へ再度の渡航を終えて、新たに画室を構えていた。そこへ私が訪ねて行って、それから大久保辺を尋ね歩いた。

上田敏訳詩集

【海潮音】
巻中収むる処の詩五十七章、詩家二十九人、伊太利亜(イタリア)に三人、英吉利(イギリス)に四人、独逸(ドイツ)に七人、プロヴァンスに一人、而(しか)して仏蘭西(フランス)には十四人の多きに達し、曩(さき)の高踏派と今の象徴派とに属する者その大部を占む。

夏目漱石

【点頭録】
従つて個人としての同情や反感を度外に置くと、独逸(ドイツ)だの仏蘭西(フランス)だの英吉利(イギリス)だのといふ国名は、自分に取つてもう重要な言葉でも何でもなくなつて仕舞(しま)つた。

堀辰雄

【旅の絵】
そんな奥まった小さな部屋へはいると、いきなりT君仏蘭西(フランス)の何処とかの田舎(いなか)で泊ったことのある古い旅籠(はたご)の部屋にそれがそっくりだと言い出したので、私もそうかなあと思いながら、

岡本かの子

【異国食餌抄】
御堂(おだう)の前の十(とを)の墓、
仏蘭西船(フランスぶね)に斬(き)り入(い)つた
重い科(とが)ゆゑ死んだ人、
その思出(おもひで)のかなしさか。

徳冨蘆花

【熊の足跡】
待合室では、眞赤に喰ひ醉うた金襴の袈裟の坊さんが、佛蘭西(フランス)人らしい髯の長い宣教師を捉へて、色々管を捲いて居る。宣教師は笑ひながら好い加減にあしらつて居る。

與謝野晶子

【巴里まで】
十九日の朝佛蘭西(フランス)の國境で汽車賃を十圓追加された。ボオイの獨逸人が物柔かな人に代つて初めて私は悠(ゆる)やかな氣分になつた。

芥川龍之介

【長崎小品】
長崎画(ながさきゑ)の英吉利(イギリス)人、法朗西(フランス)人、露西亜(ロシヤ)人等(ら)、(驚きし如く)おお! おお!

ハンス・クリスチアン・アンデルセン
森鴎外訳

【即興詩人】
西班牙(スパニヤ)磴(いしだん)、法蘭西(フランス)大學院より ポルタ、デル、ポヽロ に至る。

内田魯庵

【灰燼十万巻(丸善炎上の記)】
現行書目にしも、英独露伊西以外、和蘭瑞西波蘭瑞典那威澳太利匈牙利葡萄牙墨西哥、アルゼンチン、将た印度、波斯、中央亜細亜あたりまでの各国書目を一と通り揃えていた。

小栗虫太郎

【紅毛傾城】
そうして、普魯西(プロシヤ)から波蘭(ポーランド)を経て、魯西亜(オロシャ)の本土に入り、それからは果てしのない旅を続けました。

宮沢賢治

【饑餓陣営 一幕】
特務曹長「なるほど西蔵(チベット)馬のしるしがついて居(お)ります。 」(兵卒三これを嚥下す。)
大将「これは(ふふつ)戦争じゃ、」
特務曹長「 なるほどナポレオンポナパルドの首のしるしがついて居ります。

作家
作品
森鴎外

【食堂】
それからバクニンは、莫斯科(モスコオ)彼得堡(ペテルブルグ)との中間にあるPrjamuchino(プリヤムヒノ)で、貴家の家に生れた人で、砲兵の士官になったが、生れ附き乱を好むという質(たち)なので、間もなく軍籍を脱して、欧羅巴中を遍歴して、

上田敏訳詩集

【海潮音】
訳者嘗(かつ)て十年の昔、白耳義(ベルギー)文学を紹介し、稍(やや)後れて、仏蘭西詩壇の新声、特にヴェルレエヌ、ヴェルハアレン、ロオデンバッハ、マラルメの事を説きし時、

太宰治

【女の決闘】
「アルフォンス・ド・ステルニイ氏は十一月にブルクセルに来て、自ら新曲悪魔の合奏を指揮すべし」と白耳義(ベルギー)独立新聞の紙上に出でしとき、府民は目を側(そば)だてたり。

島崎藤村

【新生】
もし互の事情が許すなら、もう一度白耳義(ベルジック)のブラッセルか、倫敦(ロンドン)あたりで落合いたいもの

与謝野晶子

【三面一体の生活へ】
学者までも国家の奴隷として戦争を弁護し助長するような倒錯的陋態を誘致し、芸術も仏蘭西白耳義(ベルギー)の名高い大寺の建物のように、国家と国家の狂暴な戦争行為のために凌辱の憂目(うきめ)を見る外はありません。

中里介山

【大菩薩峠 道庵と鰡八の巻】
白耳義(ベルギー)のウェッテレンというところに、最良の火薬機械の製造所があるということじゃ、その工場をぜひ見て来たいものだと思うている、しかし、それは他国の者には見せぬということじゃ、やむを得ずんば職工になって

夏目漱石

【吾輩は猫である】
吾輩は波斯産(ペルシャさん)の猫のごとく黄を含める淡灰色に漆(うるし)のごとき斑入(ふい)りの皮膚を有している。これだけは誰が見ても疑うべからざる事実と思う。

與謝野晶子

【註釈與謝野寛全集】
いろいろの波斯(ペルシヤ)のきれを切りはめて丘に掛けたる初夏の畑. 松戸の高等園芸学校の花畑であらう。色彩の多い、そして直線が主になつて出来た模様のペルシヤの更紗の其れをまた種類も幾つも混ぜて、

国枝史郎

【生死卍巴】
その硝子を無数に使っているのである。変にも奇にも見えたことであろう。その上に壁の合間などに、波斯(ペルシャ)織りだの亜剌比亜(アラビア)織りだのの、高価らしい華麗な壁掛けなどが、現代の眼から見る時には、ペンキ画ぐらいしかの値打(かち)しかない――

直木三十五

【大衆文芸作法】
ここで兵士の描写が出ているが、後半に出て来る羅馬軍と波斯(ペルシャ)軍との戦争は、頗(すこぶ)る興味のあるものであった。波斯軍は戦象と云うのを用いている。

内田魯庵

【灰燼十万巻(丸善炎上の記)】
現行書目にしも、英独仏露伊西以外、和蘭瑞西波蘭瑞典那威澳太利匈牙利葡萄牙墨西哥、アルゼンチン、将た印度、波斯、中央亜細亜あたりまでの各国書目を一と通り揃えていた。

森鴎外

【舞姫】
されどこれのみにては、なほ我地位を覆へすに足らざりけんを、日比 (ひごろ)伯林(ベルリン)の留學生の中にて、或る勢力ある一群と余との間に、面白からぬ關係ありて、彼人々は余を猜疑し、又遂に余を讒誣(ざんぶ)するに至りぬ。

芥川龍之介

【手巾】
昔、先生が、伯林(ベルリン)に留学してゐた時分の事である。今のカイゼルのおとうさんに当る、ウイルヘルム第一世が、崩御された。先生は、この訃音(ふいん)を行きつけの珈琲店(コオヒイてん)で耳にしたが、

正岡子規

【墨汁一滴】
この頃伯林(ベルリン)の灌仏会(かんぶつえ)に滔々(とうとう)として独逸(ドイツ)語で演説した文学士なんかにくらべると倫敦の日本人はよほど不景気と見える。

島崎藤村

【新生】
仏独国境の交通断絶以来全く消息を知ることの出来なかった伯林(ベルリン)の千村教授や、ミュウニッヒの慶応の留学生が倫敦(ロンドン)に落ち延びたことも分って来た。

與謝野晶子

【巴里まで】
考へ拔いた揚句今夜私は伯林(ベルリン)で降りるとボオイに云つたが不可(いけ)ないと云ふ。何うしても伯林で降りるのだと云つても頑として不可ないと云ふ。

齋藤茂吉

【接吻】
維也納の背後に維也納森林帯のあるのは、伯林(ベルリン)の背後に 緑林帯(グリユーネワルド)のあるにひとしい。ただ緑林帯の稍人工的なるに比して、維也納森林帯はおのづからなる寂びと落付とをもつてゐる。 僕は Kobenzl にたどりついた。
*編注:維也納は、ウィーンのこと

作家
作品
與謝野晶子

【巴里まで】
私が心配しながら通つた波蘭(ポオランド)から掛けて獨逸(ドイツ)の野は赤い八重櫻の盛りであつた。一重のはもう皆散つた後である。藤の花蔭に長い籐椅子に倚つて居る白衣の獨逸婦人などを美しく思つて過ぎた。

岡本かの子

【巴里祭】
春秋に展覧会の開かれるグラン・パレーの入口は真黒く閉(しま)っていて、プチ・パレーの方に波蘭(ポーランド)の工芸品展覧会の雪の山を描いたポスターが白い窓のように几帳面(きちょうめん)な間隔を置いて貼られてある。

小栗虫太郎

【紅毛傾城】
そうして、普魯西(プロシヤ)から波蘭(ポーランド)を経て、魯西亜(オロシャ)の本土に入り、それからは果てしのない旅を続けました。 その間私は、いつ海が見えるか、見えるかと思いながら、

谷譲次

【踊る地平線 ノウトルダムの妖怪】
土耳古(トルコ)人にもせるびや人にも諾威(ノウルエー)人にも波蘭(ポーランド)人にも、ぶらじりあんにもタヒチ人にも、そして日本人にも第二の故郷である異国者の自由港。

内田魯庵

【灰燼十万巻(丸善炎上の記)】
現行書目にしも、英独仏露伊西以外、和蘭瑞西波蘭瑞典那威澳太利匈牙利葡萄牙墨西哥、アルゼンチン、将た印度、波斯、中央亜細亜あたりまでの各国書目を一と通り揃えていた。

芥川龍之介

【煙草と悪魔】
そこで、この煙草は、誰の手で舶載されたかと云ふと、歴史家なら誰でも、葡萄牙(ポルトガル)人とか、西班牙(スペイン)人とか答へる。

夏目漱石

【マードック先生の『日本歴史』】
先生はわが邦(くに)歴史のうちで、葡萄牙(ポルトガル)人が十六世紀 に始めて日本を発見して以来織田、豊臣、徳川三氏を経て島原の内乱に至るまでの間、 いわゆる西交通の初期と称して然(しか)るべき時期を択(えら)んで、

橋本進吉

【国語音韻の変遷】
西洋人のは、室町末期に日本に来た宣教師の作ったもので、日本語について十分の観察をして当時の標準的音韻を葡萄牙(ポルトガル)式のローマ字綴で写したものであるから

内田魯庵

【灰燼十万巻(丸善炎上の記)】
現行書目にしも、英独仏露伊西以外、和蘭瑞西波蘭瑞典那威澳太利匈牙利葡萄牙墨西哥、アルゼンチン、将た印度、波斯、中央亜細亜あたりまでの各国書目を一と通り揃えていた。

吉行エイスケ

孟買(ボンべイ)挿話】
孟買の花嫁である万国女のいる孟買市場の裏街では天幕の舞台で、緬甸(ビルマ)の女がバゴダ踊をおどっている。

吉行エイスケ

【地図に出てくる男女】
イサックもまた一先ず上海の東洋での黄色い手を棄てて孟買(ボンベイ)に帰る途中であった。英国の専制のなかに宙を乗った彼等がセント・ジョウジ・プレスから汕頭(スワトウ)人の車夫に曳(ひ)かれて、 銅羅(どうら)湾の火薬庫の挙壁を眺めながら石塘嘴(せきとうほう)の万国館に入るのであった。

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