作品に出てくるものの数え方(助数詞)
 
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作 家
作 品
芥川龍之介
【或阿呆の一生】
彼は梯子の上に佇(たたず)んだまま、本の間に動いてゐる店員や客を見下(みおろ)した。彼等は妙に小さかつた。のみならず如何にも見すぼらしかつた。
「人生は一行(いちぎやう)のボオドレエルにも若(し)かない。」
彼は暫(しばら)く梯子の上からかう云ふ彼等を見渡してゐた。……
夏目漱石
【艇長の遺書と中佐の詩】
呼吸が苦しくなる。部屋が暗くなる。鼓膜が破れさうになる。一行書くすら容易ではない。あれ丈(だけ)文字を連らねるのは超凡(てうぼん)の努力を要する訳(わけ)である。
夏目漱石
【坊っちゃん】
ことに語学とか文学とか云うものは真平(まっぴら)ご免(めん)だ。新体などと来ては二十行あるうちで一行も分らない。どうせ嫌いなものなら何をやっても同じ事だと思ったが、幸い物理学校の前を通り掛(かか)ったら生徒募集の広告が出ていたから、何も縁だと思って規則書をもらってすぐ入学の手続きをしてしまった。今考えるとこれも親譲りの無鉄砲から起(おこ)った失策だ。
田山花袋
【蒲団】
渠は椅子に腰を掛けて、煙草(たばこ)を一服吸って、立上って、厚い統計書と地図と案内記と地理書とを本箱から出して、さて静かに昨日の続きの筆を執り始めた。けれど二三日来、頭脳(あたま)がむしゃくしゃしているので、筆が容易に進まない。一行書いては筆を留めてその事を思う。また一行書く、また留める、又書いてはまた留めるという風。そしてその間に頭脳に浮んで来る考は総て断片的で、猛烈で、急激で、絶望的の分子が多い。
太宰治
【猿面冠者】
どんな小説を読ませても、はじめの二三行をはしり読みしたばかりで、もうその小説の楽屋裏を見抜いてしまったかのように、鼻で笑って巻を閉じる傲岸不遜(ごうがんふそん)の男がいた。ここに露西亜(ロシヤ)の詩人の言葉がある。「そもさん何者。されば、わずかにまねごと師。気にするがものもない幽霊か。ハロルドのマント羽織った莫斯科(モスクワ)ッ子。他人の癖の飜案か。はやり言葉の辞書なのか。いやさて、もじり言葉の詩とでもいったところじゃないかよ」いずれそんなところかも知れぬ。
太宰治
【葉】
兄はこう言った。「小説を、くだらないとは思わぬ。おれには、ただ少しまだるっこいだけである。たった一行の真実を言いたいばかりに百頁の雰囲気をこしらえている」私は言い憎そうに、考え考えしながら答えた。「ほんとうに、言葉は短いほどよい。それだけで、信じさせることができるならば」
また兄は、自殺をいい気なものとして嫌った。けれども私は、自殺を処世術みたいな打算的なものとして考えていた矢先であったから、兄のこの言葉を意外に感じた。
堀辰雄
【「美しかれ、悲しかれ」 窪川稲子さんに】
あなたがお書きになっていた、田端(たばた)や日暮里(にっぽり)のあたりの煤(すす)けたような風景や、みんなの住んでいた灰色の小さな部屋々々や、毎夜のようにみんなと出かけていった悲しげな女達の一ぱいいたバアや、それから、二三度そんな若い僕たちの仲間入りをして一しょに談笑せられていた芥川さんがすこし酔い加減になってそういう女達を見まわしながらふいと思い出されたように僕の耳にささやかれたその〈Soisbelle,Soistriste〉という言葉だのが……
それはボオドレエルの一行でした。そのあとでお書きになったものを見ると、そのときの芥川さんにはふいと思い出されたそのボオドレエルの美しい一行が、よほど深く胸におこたえになったものと見えます。
「美しかれ、悲しかれ」−−ああ、本当にこの言葉くらい僕に自分の若い時分のことを、その苦痛も歓びも、一しょに思い出させるものはありません。
宮本百合子
【日は輝けり】
自分の机に坐って、あて途もなくあるものに、手を触れて心をまぎらそうとしていた彼は、鉄の文鎮(ぶんちん)の下に、一本の封書を発見した。ハッと思って、一度目はほとんど意味も分らずに読んだ。二度三度、浩は一行ほか書いてない庸之助の置手紙を離そうともしなかった。それは端々の震えた字−−読み難いほど画の乱れたよろけた字−−で、「もう二度とは会わない。親切を謝す。Y生」と、弓形(ゆみなり)に曲ってただ一行ほか書かれてはいなかったが、浩にとっては、それ等の言葉から三行四行もの意味がよみとれたのである。
三遊亭圓朝
鈴木行三校訂・編纂
【菊模様皿山奇談】
長「左様でございますかなどゝ、落着き払っていては困る、親に知れては成らん、知っての通り親父は極(ごく)堅いので、あの手紙を書くにも隠れて漸(ようよ)う二行(にぎょう)ぐらい書くと、親父に呼ばれるから、筆を下に置いて又一行(ひとくだり)書き、終(しま)いの一行は庭の植込(うえご)みの中で書きましたが、蚊に喰われて弱ったね」
 
   
 
 

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Last updated : 2023/02/24