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今年の恵方は? 方角を調べ、地図で確認
節分の晩にどの方角を向いて恵方巻きを食べるのか? ご自宅などの地図で方角を確認できます。

・きょうは、 です。日付が合っていない場合はこちらをご覧ください。 ≫≫
・節分は立春の前日で、毎年2月3日頃です。その年の立春は、前年の2月に暦要項が官報に掲載され発表されます。
西暦: 年     
です。
※恵方は、年によって、 甲(きのえ) 丙(ひのえ) 庚(かのえ) 壬(みずのえ) のいずれかの方角です。
※この地図では、上が北の方角を指し示します。
※その年の恵方を調べ、節分の晩に恵方巻きを食べる際に向く方角をご確認ください。

 地図の使い方

  • 住所/キーワードなどでご自宅の地図を検索することが出来、恵方巻を食べる際に向く方角を地図で確認出来ます。
  • 恵方は、一般には「南南東」「北北西」などと表現されますが、実際には、例えば「南南東」は「南微東」で、南と南南東の間です。
  • 地図を見ることによって、大まかな方角ではなく、正しい方角を知ることが出来ます。
    • ご自宅の場所が正しく検索された場合は円の中心に地図が来ます。
    • ページ上部の恵方検索で表示された方角と、地図上の方角表示を合わせてごらんください。
    • 「東微北」「西微南」「南微東」「北微西」の四つの方角の、細かい方向を確認出来ます。
    • 地図左側のコントローラーを使って地図を動かすことが出来ます。
         ↑:上に移動  ↓:下に移動   ←:左に移動   →:右に移動
         +:拡大    -:縮小
    • 地図をつまんで(ドラッグして)動かすこともできます。微調整にお使いください。

 検索結果のサンプル

恵方地図サンプル
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・恵方とは... ・恵方に関連する知識

恵方 えほう

 その年の歳徳神としとくじん のいる方角で、その年の干支によって決められます。めでたく良い方向とされ、陰陽道(おんみょうどう・おんようどう・いんようどう)での考え方です。

歳徳神  としとくじん

 歳徳神としとくじんとは、陰陽家(おんようけ・いんようか)で年の初めに祭る神で、その年の福徳を司るとされます。歳徳神のいる方向を恵方えほう、またはあきかた と言い、全てにおいて吉とされます。

  • 甲・己の年 …………… 甲[きのえ]の方角
                   [寅と卯の間、東微北、東と東北東の間=ほぼ東北東]
  • 乙・庚の年 …………… 庚[かのえ]の方角
                   [申と酉の間、西微南、西と西南西の間=ほぼ西南西]
  • 丙・辛・戊・癸の年 … 丙[ひのえ]の方角
                   [巳と午の間、南微東、南と南南東の間=ほぼ南南東]
  • 丁・壬の年 …………… 壬[みずのえ]の方角
                   [亥と子の間、北微西、北と北北西の間=ほぼ北北西]

十干 じっかん

  • 甲 きのえ …… (こう)
  • 乙 きのと …… (おつ)
  • 丙 ひのえ …… (へい)
  • 丁 ひのと …… (てい)
  • 戊 つちのえ … (ぼ)
  • 己 つちのと … (き)
  • 庚 かのえ …… (こう)
  • 辛 かのと …… (しん)
  • 壬 みずのえ … (じん)
  • 癸 みずのと … (き)

恵方巻き

 立春の前日の節分の夜に、恵方に向かって、願い事をしながら無言で太巻き寿司を丸かじりする風習があります。
 この風習は、もともと大阪地方のもので、その巻き寿司が「恵方巻き」「恵方寿司」などと呼ばれています。 大阪では、「巻き寿司」「丸かぶり寿司」などと呼ぶのが一般的です。
 1990年代の後半頃から、コンビニエンスストアなどが販売促進として展開するようになり、2000年代に入るとスーパーマーケットチェーンなどにも広まって全国の節分の風習としてほぼ定着したとされます。

恵方参り・恵方詣り・恵方詣で

 元日に、その年の恵方にあたる神社・仏閣に参詣し、一年の福徳を祈ります。

七草がゆと恵方

 一月七日の「 人日 じんじつ 節句 せっく 」には、七草がゆを食べる習慣があります。この七草がゆを作る際にも「恵方」が登場します。

 「七草たたき」とも言われる風習で、囃子詞を唄いながら七つの台所道具で七草を叩く際に「歳徳神の方を向く」と、江戸時代の文献に記されています。

■ 江戸時代に、 喜田川守貞 きたがわもりさだ という人が書いた「 守貞謾稿 もりさだまんこう  巻之二十六(春時)」の一文です。
正月七日 今朝、三都 [編集注:三都とは、江戸、京都、大阪のこと] ともに 七種 ななくさ かゆ を食す。
 七草の歌に曰く、 せり 、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すゞな、すゞしろ、これぞ七種。以上を七草と云うなり。しかれども、今世、民間には一、二種を加うのみ。

(中略)

 三都ともに六日これを買い、同夜と七日暁と再度これをはやす。はやすと云うは、 まないた になずなを置き、その傍に薪・庖丁・火箸・ 磨子木 すりこぎ 杓子 しゃくし ・銅杓子・菜箸等七具を添え、 歳徳神 としとくじん の方に向い、まず庖丁を取りて、俎板を拍ち 囃子 はやし て曰く、「 唐土 とうど の鳥が、日本の土地へ、渡らぬさきに、なずな 七種 ななくさ 、はやしてほとゝ」と云う。江戸にて「唐土云々渡らぬさきに、七種なずな」と云う。残り六具を、次第にこれを取り、この語をくり返し唱えはやす。

(中略)ある書に曰く、七草は、七づゝ七度、合せて四十九 たた くを本とす。
【編集注】「 唐土 とうど 」は、「もろこし」「から」とも読み、昔、日本から中国を呼んだ言葉で、ここでの「唐土の鳥が日本の土地へ渡らぬさきに」は、大陸から鳥が疫病を持って来ないうちに、また、農耕に悪さをする鳥を追い払うという意味と思われる。なお、この囃子詞には、「唐土の鳥と日本の鳥と、渡らぬさきに、七草なずなな」など、伝承によって様々ある。

【編集注】「 守貞謾稿 もりさだまんこう 」は、天保8年(1837年) から慶応3年(1867年) まで、 喜田川守貞 きたがわもりさだ によって30年間にわたって書かれた江戸時代後期の風俗史。
【編集注】「 守貞謾稿 もりさだまんこう 」は、国立国会図書館デジタル化資料で読むことが出来ます。

陰陽道 おんみょうどう / おんようどう

 古代中国の自然哲学思想と陰陽五行説を起源として日本に伝来し、七世紀頃に日本で特異な発展を遂げた自然科学と呪術の体系といわれます。

 陰陽道に携わる人を陰陽師(おんみょうじ・おんようじ)と呼び、大宝令には規定がありましたが、後世には民間において加持祈祷を行うようになりました。



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