昭和
マッチ箱ラベルコレクション
= 昭和元年頃 〜 昭和30年頃 =
マッチ箱ラベルコレクション
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- 來々軒(来々軒)
- 東京都浅草の「來々軒(来々軒)」は、明治43年〈1910年〉創業で、同地では昭和19年〈1944年〉まで続いた。しょうゆ味の東京ラーメン発祥の店とされ、日本のラーメン文化の元祖ともされる。昭和3年〈1928年〉の來々軒のラーメンの値段は20銭であったとされる(新横浜ラーメン博物館展示のメニュー表)。
令和8年〈2026年〉7月に、創業者の玄孫の高橋雄作氏が同地に店舗を復活させた。
1930年代のコメディアンで、編集者、エッセイストとしても活動した古川ロッパは次のように記す。
『十二階があったころの浅草、といえば、震災前[編注:関東大震災のことで1923年(大正12年)に発生]のこと。中学生だった僕は、活動写真を見るために毎週必ず、六区の常設館へ通ったものだ。はじめて、来々軒のチャーシュウ・ワンタンメンというのを食って、ああ、何たる美味だ! と感嘆した。
来々軒は、日本館の前あたりにあって、きたない店だったが、このうまかったこと、安かったことは、わが生涯の感激の一つだった。少年時代の幼稚な味覚のせいだったかも知れないが、いや、今食っても、うまいに違いない、という気もする。
支那料理は、五十番や品芳楼もあったが、何と言っても来々軒が圧倒的だった』(古川緑波「浅草を食べる」)














































































































































































