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▼参考書
晦渋溷濁
かいじゅうこんだく
作家
作品

夏目漱石

【吾輩は猫である】

彼の精神が朦朧(もうろう)として不得要領底(てい)に一貫しているごとく、彼の眼も曖々然(あいあいぜん)昧々然(まいまいぜん)として長(とこし)えに眼窩(がんか)の奥に漂(ただよ)うている。これは胎毒(たいどく)のためだとも云うし、あるいは疱瘡(ほうそう)の余波だとも解釈されて、小さい時分はだいぶ柳の虫や赤蛙の厄介になった事もあるそうだが、せっかく母親の丹精も、あるにその甲斐(かい)あらばこそ、今日(こんにち)まで生れた当時のままでぼんやりしている。吾輩ひそかに思うにこの状態は決して胎毒や疱瘡のためではない。彼の眼玉がかように 晦渋溷濁(かいじゅうこんだく)の悲境に彷徨(ほうこう)しているのは、とりも直さず彼の頭脳が不透不明(ふとうふめい)の実質から構成されていて、その作用が暗憺溟濛(あんたんめいもう)の極に達しているから、自然とこれが形体の上にあらわれて、知らぬ母親にいらぬ心配を掛けたんだろう。煙たって火あるを知り、まなこ濁って愚(ぐ)なるを証す。して見ると彼の眼は彼の心の象徴で、彼の心は天保銭(てんぽうせん)のごとく穴があいているから、彼の眼もまた天保銭と同じく、大きな割合に通用しないに違ない。

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Last updated : 2025/12/26