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▼参考書
南蛮北狄
なんばんほくてき
作家
作品

芥川龍之介

【俊寛】

「いや、美しいと云う事は、この島の土人も知らぬではない。ただ好みが違っているのじゃ。しかし好みと云うものも、万代不変(ばんだいふへん)とは請合(うけあ)われぬ。その証拠には御寺(みてら)御寺の、御仏(みほとけ)の御姿(みすがた)を拝むが好(よ)い。三界六道(さんがいろくどう)の教主、十方最勝(じっぽうさいしょう)、光明無量(こうみょうむりょう)、三学無碍(さんがくむげ)、億億衆生引導(おくおくしゅじょういんどう)の能化(のうげ)、南無大慈大悲(なむだいじだいひ)釈迦牟尼如来(しゃかむににょらい)も、三十二相(そう)八十種好(しゅこう)の御姿(おすがた)は、時代ごとにいろいろ御変りになった。御仏(みほとけ)でももしそうとすれば、如何(いかん)かこれ美人と云う事も、時代ごとにやはり違う筈じゃ。都でもこの後(のち)五百年か、あるいはまた一千年か、とにかくその好みの変る時には、この島の土人の女どころか、南蛮北狄(なんばんほくてき)の女のように、凄(すさ)まじい顔がはやるかも知れぬ。」
「まさかそんな事もありますまい。我国ぶりはいつの世にも、我国ぶりでいる筈ですから。」
「所がその我国ぶりも、時と場合では当てにならぬ。たとえば当世の上臈(じょうろう)の顔は、唐朝(とうちょう)の御仏(みほとけ)に活写(いきうつ)しじゃ。これは都人(みやこびと)の顔の好みが、唐土(もろこし)になずんでいる証拠(しょうこ)ではないか? すると人皇(にんおう)何代かの後(のち)には、碧眼(へきがん)の胡人(えびす)の女の顔にも、うつつをぬかす時がないとは云われぬ。」

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Last updated : 2025/12/26