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▼参考書
乳母日傘
おんばひがさ
作家
作品

菊池寛

【ある恋の話】

 私の妻の祖母は――と云って、もう三四年前に死んだ人ですが――蔵前(くらまえ)の札差(ふださし)で、名字帯刀御免(みょうじたいとうごめん)で可なり幅を利(き)かせた山長――略さないで云えば、山城(やましろ)屋長兵衛の一人娘でした。何しろ蔵前の札差で山長と云えば、今で云うと、政府の御用商人で二三百万円の財産を擁しておろうと云う、錚々(そうそう)たる実業家に当る位置ですから、その一人娘の――尤(もっと)も男の子は二人あったそうです。――祖母が、小さい時からお 乳母日傘(んばひがらかさ)で大きくなったのは申すまでもありません、祖母の小さい時の、記憶の一つだと云う事ですが、お正月か何かの宮参りに履(は)いた木履(ぽっくり)は、朱塗の金蒔絵(きんまきえ)模様に金の鈴の付いたものでしたが、おまけにその木履の胴が刳貫(くりぬき)になっていて、祖母が駕籠(かご)から下りて木履を履く時には、ちゃんとその中に湯を通して置くと云う、贅沢(ぜいたく)な仕掛になっているそうであります。

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夢野久作

【爆弾太平記】

 ……そのうちに発動機船(ポンポン)は、父(とっ)さんの身体(からだ)を海に投込んでウチ達の舟を曳いたまま、どこかへ行ってしもうた。その時に波の間を泳いでいたウチは直ぐに父(とっ)さんの身体(からだ)に取り付いて、頭を抱えながら仰向き泳ぎをして、一生懸命であの岩の上まで来たけれど、向うが絶壁(きりぎし)で登りようがない。そのうちに汐(しお)がさして来て、岩の上が狭くなったから、どこかへ泳いで行くつもりで、父(とっ)さんの耳に口を当て、「待っておいで……讐敵(かたき)を取ってやるから」と云うていた。そうしたら先生が来て助けてくれた。……ウチは今年十二になる。ドンは怖くない。面白い……」
 というのだ。ウン。とてもシッカリした奴なんだ。第一そういう面魂(つらだましい)が尋常じゃなかったよ。お 乳母日傘(んばひがさ)でハトポッポーなんていった奴とは育ちが違うんだからね……。
 ……ウンウン。そうなんだ。つまり彼等仲間の所謂「私刑(ノメシ)」に処せられた訳だ。その紋付袴の男が誰だったか、今だに調べてもいないが、むろん調べる迄もない。林友吉の頭脳(あたま)と仕事ぶりを警戒していた、釜山の有力者の一人に相違ないのだ。そいつが友吉親子の顔を見知っていたので、それとなく貰い下げて追い放した奴を、外海(そとうみ)で待伏せていた配下の奴が殺(や)ったものに違いないね。……もっとも友吉おやじがその筋の手にかかったのはこの時が皮切りだったから、或(あるい)は余計な事でも饒舌(しゃべ)られては困る……という算段(つもり)だったかも知れないがね……。

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野口雨情

【おさんだいしよさま】

横丁生れ


お乳母日傘の
   娘さん達よ
わたしや下街(したまち)
   横丁の生れ
蝶よ花よぢや
    育ちやせぬ

産みの親より
    育ての親ぢや
親も横丁の
    角(かど)生れ
わたしや皆さん
    気も荒い

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三浦環
吉本明光編

【お蝶夫人】

お父さんのお母さん、すなわち私のお祖母さんは、近所で評判の器量よしで、その上声が美しくて唄が上手だったので、朝日奈小町とか、鴬(うぐいす)小町とかいわれて大騒ぎされたそうです。私が声楽家になったのは、お祖母さんの隔世遺伝だったのだと思います。
 私は両親から非常に可愛がられて、本当に乳母をつけて文字通り、お 乳母日傘 (んばひがさ)で育てられました。父が派手者で芸が好きだったので、私は三歳の時から藤間流の踊りをお稽古しました。「汐汲み」を踊って、楽屋で乳母(ばあ)やのおっぱいを飲んだことを朧気(おぼろげ)に覚えています。

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  • それぞれの四字熟語の詳しい意味などは、辞典や専門書でお確かめください。
  • このサイトの制作時点では、三省堂の『新明解 四字熟語辞典』が、前版の5,600語を凌ぐ6,500語を収録し、出版社によれば『類書中最大。よく使われる四字熟語は区別して掲示。簡潔な「意味」、詳しい「補説」「故事」で、意味と用法を明解に解説。豊富に収録した著名作家の「用例」で、生きた使い方を体感。「類義語」「対義語」を多数掲示して、広がりと奥行きを実感』などとしています。

Last updated : 2025/12/26