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▼参考書
温順篤実
おんじゅんとくじつ
作家
作品

森鴎外

【大塩平八郎】

 四人は翌二十日に河内(かはち)の界(さかひ)に入(い)つて、食を求める外には人家に立ち寄らぬやうに心掛け、平野川に沿うて、間道(かんだう)を東へ急いだ。さて途中どこで夜を明かさうかと思つてゐるうち、夜なかから大風雨になつた。やう/\産土(うぶすな)の社(やしろ)を見付けて駈(か)け込んでゐると、暫く物を案じてゐた渡辺が、突然もう此先きは歩けさうにないから、先生の手足纏(てあしまとひ)にならぬやうにすると云つて、手早く脇差(わきざし)を抜いて腹に突き立てた。左の脇腹に三寸余り切先(きつさき)が這入(はひ)つたので、所詮(しよせん)助からぬと見極(みきは)めて、平八郎が介錯(かいしやく)した。渡辺は色の白い、少し歯の出た、温順篤実な男で、年齢は 僅(わづか)に四十を越したばかりであつた。
 二十一日の暁(あかつき)になつても、大風雨は止(や)みさうな気色(けしき)もない。平八郎父子(ふし)と瀬田とは、渡辺の死骸(しがい)を跡(あと)に残して、産土(うぶすな)の社(やしろ)を出た。土地の百姓が死骸を見出して訴(うつた)へたのは、二十二日の事であつた。社のあつた所は河内国(かはちのくに)志紀郡(しきごほり)田井中村(たゐなかむら)である。

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Last updated : 2025/12/26