七転八倒/七顛八倒
しちてんばっとう
しってんばっとう
しちてんはっとう
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作家
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作品
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【ダス・ゲマイネ】
僕はむずかしい言葉じゃ言えないけれども、自意識過剰というのは、たとえば、道の両側に何百人かの女学生が長い列をつくってならんでいて、そこへ自分が偶然にさしかかり、そのあいだをひとりで、のこのこ通って行くときの一挙手一投足、ことごとくぎこちなく視線のやりば首の位置すべてに困じ果てきりきり舞いをはじめるような、そんな工合いの気持ちのことだと思うのですが、もしそれだったら、自意識過剰というものは、実にもう、七転八倒の苦しみであって、馬場みたいにあんな出鱈目な
饒舌を弄することは勿論できない筈だし、――だいいち雑誌を出すなんて浮いた気持ちになれるのがおかしいじゃないですか! 海賊。なにが海賊だ。好い気なもんだ。あなた、あんまり馬場を信じ過ぎると、あとでたいへんなことになりますよ。それは僕がはっきり予言して置いていい。僕の予言は当りますよ」
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【女剣士】
「ワタシは芋と剣術しているわけじゃないから、芋をほしている時に隙があるのは当り前だ。日本中どこへ行ってもホシ芋と剣術している人がいますかね」
「このウチはそうなんだよ」
「化け物屋敷だ」
「化け物屋敷で結構よ」
「アナタは化け物だが、ワタシは人間だからね」
「言ったな」
背中へ一撃を加える。この一撃は弁慶でも七転八倒するのであるが、歌子はジッと七転八倒させてはおかない。耳をつかんで存八の上体を引き起して、
「誓いなさい。ホシ芋と剣術すると」
「できるはずがない」
「できます」
「それはムリというものだ」
「コソ泥のくせに強情ね」
存八はまた散々にぶちすえられた。
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【光籃】
「しいツ。」
「此処だ……」
「先刻の処。」
と、声の下で、囁きつれると、船頭が真先に、続いて青坊主が四つに這つたのである。
――後に、一座の女たち――八人居た――楽屋一同、揃つて、刃を磨いた斧の簪をさした。が、夜寝ると、油、白粉の淵に、藻の乱るゝ如く、黒髪を散らして七転八倒
する。
「痛い。」
「痛い。」
「苦しい。」
「痛いよう。」
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【二世の契】
四五人で答へたらしい、荊の実は又頻に飛ぶ、記念の衣は左右より、衣紋がはら/\と寄つては解け、解れては結ぼれ、恰も糸の乱るゝやう、翼裂けて天女の衣、紛々として大空より降り来るばかり、其の胸の反る時や、紅裏颯と飜り、地に襟のうつむき伏す時、縞はよれ/\に背を絞つて、上に下に七転八倒
。
俤は近く桂木の目の前に、瞳を据ゑた目も塞がず、薄紫に変じながら、言はじと誓ふ口を結んで、然も惚々と、男の顔を見詰るのがちらついたが、今は恁うと、一度踏みこたへてずり外した、裳は長く草に煽つて、あはれ、口許の笑も消えんとするに、桂木は最うあるにもあられず、片膝屹と立てて、銃を掻取る、袖を圧へて、
「密と、密と、密と。」
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【顎十郎捕物帳 猫眼の男】
ようやく腰をあげたのが、正午すぎの八ツごろ。
アコ長もとど助も空っ腹にむやみに飲んだもんだからへべれけのよろよろ。一歩は高く一歩は低くというぐあいに、甲州街道を代田橋から松原のほうへヒョロリヒョロリとやって行く。
駕籠の中のひょろ松は大時化にあった伝馬船のよう。駕籠が揺れるたびに、つんのめったりひっくりかえったり、芋の子でも洗うような七転八倒
。
座蒲団なんてえものもなく、荒削りの松板に直に坐っている上にあっちこっちにぶっつけるもんだから頭じゅう瘤だらけ。
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【少年探偵長】
机博士は、最後の言葉もおわらぬうちに、
「あっちちちち」と、叫んで右の眼をおさえた。見ると、太い針がぐさりと右の眼につきささっている。
「あっちちちち」
机博士はふたたび叫んで、今度は左の眼をおさえた。同じような太い銀の針が左の眼にもつっ立っている。
「あっちちちち、あっちちち、わっ、た、助けて……」
小男のかまえた毒棒からは、まるで一本の糸のようにつぎからつぎへと毒針がとびだしてくる。机博士はみるみるうちに、全身針鼠のようになって、床のうえに倒れ、しばらく
七転八倒していたが、やがて、ピッタリ動かなくなった。
これが悪魔のような机博士の最期だったのだ。
小男はヒヒヒヒと咽喉の奥でわらうと、
「どうだ、木戸、仙場甲二郎、おれの腕前はわかったか。おれを裏切ろうとするものはすべてこのとおりだ。どうだわかったか」
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【灰色の記憶】
「ボビ。御電話よ」
「もう寐たと云って……」
私は辛うじてそう云った。頭ががんがん鳴り、動悸ははげしく打った。体中がしびれてぐるぐるまわっているような気がした。すぐに私はもう何も感じなくなっていた。
自殺するということも、死んでしまうことが出来なかったということも、これは全く喜劇であると考えたのは数日後であった。
完全に五十時間の私を記憶していない。唯、人の話によると、七転八倒し、苦しみもがき、嘔吐し、自分の髪の毛をひっちぎり、よく云われる生きながらの地獄であったそうな。
気がついた時、私の耳にラジオがきこえた。
「ヘ短調ね」
私は口の中で呟いたようだったけれど、声には出なかった。
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【オリンポスの果実】
船に帰って、ピンポンをしていると、M氏が来て「坂本君、コダックは」と訊きます。愕然、ぼくは脳天を金槌でなぐられた気がしました。預かった憶えは、ないと言えばよかったのですが、言われた途端、ハッとしたものがあって、――卑劣なぼくは、「村川君に、じゃなかったのですか」と苦し紛れに嘘を吐きました。M氏は、「そうだったかな」と気軽く言い、小首を捻りながら、村川を捜しに行きましたが、ぼくは、居たたまれず、船室に駆けこみ、頭を押えて、七転八倒の苦しみでした。
お金持のM氏は、誰に預けたかを、そのまま追求もせず、諦めておられたようですが、ぼくは良心の苛責に、堪えられず、あなたへの愛情へ、ある影を、ずっと落すようになりだしました。
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Last updated : 2025/09/19