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▼参考書
森羅万象
しんらばんしょう
しんらばんぞう
しんらまんぞう
作家
作品

夏目漱石

【文芸の哲学的基礎】

いつの間にこう豹変(ひょうへん)したのか分らないが、全く矛盾してしまいました。(空間、時間、因果律もやはりこの豹変のうちに含んでいます。それは講話の都合で後廻しにしましたから、今にだんだんわかります)
 なぜこんな矛盾が起ったのだろうか。よく考えると何にもないのに、通俗では 森羅万象(しんらばんしょう)いろいろなものが掃蕩(そうとう)しても掃蕩しきれぬほど雑然として宇宙に充牣(じゅうじん)している。

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永井荷風

【桑中喜語】

女子の悋気(りんき)はなほ恕(ゆる)すべし。男子が嫉妬(しっと)こそ哀れにも浅間(あさま)しき限りなれ。そもそも嫉妬は私欲の迷にして羨怨(せんえん)の心憤怒(ふんぬ)と化して復讐の悪意を醸(かも)す。野暮(やぼ)の骨頂(こっちょう)なり。血気の少年はさて置き分別盛(ふんべつざかり)の男が刃物三昧(はものざんまい)無理心中なぞに至つては思案の外(ほか)にして沙汰のかぎりなり。およそ森羅万象一つとして常住なるはなし。時に昼夜あり節に寒暖あるは自然の変化なり。変化に先立ちてこれが 備(そなえ)をなさざれば 遣繰身上(やりくりしんしょう) いかでか質の流を止めんや。

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高浜虚子

【俳句への道】

 心に感動なくて何の詩ぞや。それは言わないでも分っている事である。ただ、作家がその小感動を述べて得々(とくとく)としているのを見ると虫唾(むしず)が走るのである。そればかりでなく、そういう平凡な感情を暴露して述べたところで、何の得る所もない事をその人に教えたいのである。目を天地自然の森羅万象 (しんらばんしょう)に映してその心の沈潜するのを待って、そうしてあるかないかの一点の火がその心の底に灯(とも)り始めて、その感動が漸(ようや)く大きくなって来てその森羅万象と融(と)け合って初めて句になるような径路、その径路を選ぶ事が正しい句作の誘導法だと考えるのである。客観写生を説く所以(ゆえん)の一つ。

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国木田独歩

【恋を恋する人】

「そうですとも、大いに妙です。神崎工学士、君は昨夕(ゆうべ)酔払って春子様(さん)をつかまえてお得意の講義をしていたが忘れたか。」
「ねエ朝田様! その時、神崎様が巻煙草(たばこ)の灰を掌にのせて、この灰が貴女には妙と見えませんかと聞くから、私は何でもないというと、だから貴女は駄目だ、凡(およ)そ宇宙の物、森羅万象、妙ならざるはなく、石も木もこの灰とても面白からざるはなし、それを 左様(そう)思わないのは科学の神に帰依しないのだからだ、とか何とか、難事(むずか)しい事をべらべら何時(いつ)までも言うんですもの。私、眠くなって了(しま)ったわ、だからアーメンと言ったら、貴下(あなた)怒っちゃったじゃアありませんか。ねエ朝田様(さん)。」

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泉鏡花

【海神別荘】

博士 これは、仏国の大帝奈翁(ナポレオン)が、西暦千八百八年、西班牙(スペイン)遠征の途に上りました時、かねて世界有数の読書家。必要によって当時の図書館長バルビールに命じて製(つく)らせました、函入(はこいり)新装の、一千巻、一架(ひとたな)の内容は、宗教四十巻、叙事詩四十巻、戯曲四十巻、その他の詩篇六十巻。歴史六十巻、小説百巻、と申しまするデュオデシモ形(がた)と申す有名な版本の事を……お聞及びなさいまして、御姉君(おあねぎみ)、乙姫様が御工夫を遊ばしました。蓮(はす)の糸、一筋を、およそ枚数千頁に薄く織拡げて、一万枚が一折(ひとおり)、一百二十折を合せて一冊に綴(と)じましたものでありまして、この国の微妙なる光に展(ひら)きますると、森羅万象 (しんらばんしょう)、人類をはじめ、動植物、鉱物、一切の元素が、一々(ひとつ)ずつ微細なる活字となって、しかも、各々(おのおの)五色の輝(かがやき)を放ち、名詞、代名詞、動詞、助動詞、主客、句読(くとう)、いずれも個々別々、七彩に照って、かく開きました真白(まっしろ)な枚(ペエジ)の上へ、自然と、染め出さるるのでありまして。

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北原白秋

【雀の卵】

 大正五年五月中浣、妻とともに葛飾は真間の手児奈廟堂の片ほとり、亀井坊といふに、仮の宿(やどり)を求む。人生の命運定めがたく、因縁の数寄予めまた測(はか)りがたし。森羅万象 日日(ひび)に新(あらた)にして、いつしか春過ぎ夏来ると雖も、流離の涙しかすがに乾く暇なく、飛ぶ鳥の心いや更に泊(はる)る空なし。われ一人の女性を救ひ、茲に妻となして、永恒の赤縄(ゑにし)を結ぶと雖も、いささかも亦浮きたる矜(ほこり)を思はず。人間の悲願いよいよ高けれども、又あながち世の鄙俗(いやし)きを棄てず。赤貧常に洗ふが如く、父母にわかれ、弟妹にわかれ、いまだ三界を流浪すると雖も、不断の寛濶また更に美(かな)しからむ事をのみ希ふ。

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島崎藤村

【夜明け前 第二部下】

先師と言えば、外国よりはいって来るものを異端邪説として蛇蝎(だかつ)のように憎みきらった人のように普通に思われながら、「そもそもかく外国々(とつくにぐに)より万(よろ)づの事物(ものごと)の我が大御国(おおみくに)に参り来ることは、皇神(すめらみかみ)たちの大御心(おおみこころ)にて、その御神徳の広大なる故(ゆえ)に、善(よ)き悪(あ)しきの選みなく、森羅万象 (しんらばんしょう)のことごとく皇国(すめらみくに)に御引寄せあそばさるる趣を能(よ)く考へ弁(わきま)へて、外国(とつくに)より来る事物はよく選み採りて用ふべきことで、申すも畏(かしこ)きことなれども、是(これ)すなはち大神等(おおみかみたち)の御心掟(みこころおきて)と思い奉られるでござる、」とあるような、あんな広い見方のしてあるのに、彼が心から驚いたのも『静の岩屋』を開いた時だった。

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柳田国男

【木綿以前の事】

 つまりは百韻三十六吟(ぎん)の連続の中に、一句も俳諧の無い句があってはならぬという松永貞徳(まつながていとく)などの意見を、認めるか否かが岐(わか)れ目(め)であった。もしもそれが動かすべからざる法則であったら、現今のいわゆる俳句などは、生まれ出づる余地は無かったのである。尤(もっと)もそういう人々の俳諧の定義は勝手放題に弘(ひろ)いもので、心の俳諧以外に形の俳諧だの言葉の俳諧だのを認め、単に用語が今風の俗言でありさえすればもうそれで宜(よろ)しいようにしていたが、そうして見たところがやはり窮屈な話で、それだけで普(あまね)く人生の森羅万象、あらゆる境涯・感情を表現するに足らぬのは当り前の話である。だから 貞門(ていもん)の俳諧などはあれだけ多く残っているが、おかしいながらにやはり退屈で、今は省(かえり)みる人も少ないのである。芭蕉はこれに対して、決して急激なる革新論者ではなかった。半(なか) ばは前代の解釈に追随しつつも、随処に自家の判断を実践に移して、大きな効果を挙げている。

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野村胡堂

【楽聖物語】

驚くべき天才の奔騰(ほんとう)のために、偶々(たまたま)そのはけ口を座右の詩に求めたのかも知れない。シューベルトにおいては、作曲は少しも労苦ではなく、旋律と和声の噴泉が、絶えず湧(わ)き上って、その奔注(ほんちゅう)の道を求めていたのである。シューベルトは歌劇(オペラ)、交響曲(シンフォニー)、弥撒(ミサ)、室内楽、歌曲(リード)、その他あらゆる形式の作曲をし、かつてその天才の泉の涸渇(こかつ)する気色も見せなかった。万有還金という言葉があるが、シューベルトにとっては万有還楽である。森羅万象 (しんらばんしょう)ことごとく音楽の題材ならざるはなく、その思想の動きがすべて旋律と和声とを持っていたと言っても差(さ)しつかえはない。

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中里介山

【大菩薩峠 他生の巻】

 白雲は熱心な眼をかがやかせて、駒井の抗議を食いとめながら、
「どうして形を写して、色が現わせないのですか」
 改めて見直すまでもなく、白雲の描いた海は、一枚として着色のものはありません、みんな墨で描いたものばかりです。その点を駒井はいいました、
「桜の花だけを描いて、淡紅(たんこう)の色が出ますか、海の動きだけを写して、青く見えますか」
「そこです――」
 白雲は膝を進ませて、
「そこです、私の描いたものにそれが現われなければ、私の恥辱です。 森羅万象(しんらばんしょう)をいちいちそれに類似した色で現わさねばならぬという仕事は、私にいわせると細工師(さいくし)の仕事で、美術の範囲ではありません。私は墨で描いたこの海の波に、いちいちの色の変化を現わしたつもり――でなければ現わすつもりでかきました、色ばかりではない、音までも……」

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  • それぞれの四字熟語の詳しい意味などは、辞典や専門書でお確かめください。
  • このサイトの制作時点では、三省堂の『新明解 四字熟語辞典』が、前版の5,600語を凌ぐ6,500語を収録し、出版社によれば『類書中最大。よく使われる四字熟語は区別して掲示。簡潔な「意味」、詳しい「補説」「故事」で、意味と用法を明解に解説。豊富に収録した著名作家の「用例」で、生きた使い方を体感。「類義語」「対義語」を多数掲示して、広がりと奥行きを実感』などとしています。

Last updated : 2025/12/26