京風いろは短歌稿= 大田南畝／新場老漁 =

大田南畝／新場老漁

京風いろは短歌稿

い　いまそしる花の都の人心
ろ　ろくなるものはさらになし
は　はらは茶粥に豆のかて
に　にても似つかぬうらぬ（〔ママ〕）もて
ほ　ほしかるものはせにとかね
へ　へつらひいふて世をわたり
と　となり近所もうとましく
ち　ちかしき中をへたてつゝ
り　りつはをかさるわる見へに
ぬ　ぬつたりはけたりしら〳〵し
る　るいに集るはかものゝ
を　をしいほしゐの外はなし
わ　わろも小めろもよくばりて
か　かわゆけのなきそゞろぶし
よ　よいものはたゝおやまにて
た　たんとさすのか常にして
れ　れんほれゝつとかきのめし
そ　そらさぬ事か上手なり
つ　つかひはたせははくじやうに
ね　ねつきりはつきりやまひ切
な　なさけしらすにつきはなし
ら　らちもないめにあはせても
む　むたひなことゝおもはねは
う　うらむる客かあはうなり
ゐ　ゐなかにまさるきたなさは
の　のきをならふる町中で
お　おいへさんでもいとさんでも
く　くるりとまくつて立小便
や　やまのなかなるかなしさは
ま　まれにさかなのかほも見す
け　けさのこんほはよへのはり
ふ　ふくため塩さはおころより
こ　こんふかよいとて節料理
え　えらいしまつしやないかいな
て　てんてにしはい見るときは
あ　あさからわりこかつき出し
さ　さしきの上のにきりめし
き　きらをかされる其妻の
ゆ　ゆもしは半分さらし也
め　めに見るものはなに事も
み　みゝにきゐたと大ちかい
し　しらぬ京ものかたりをは
ゑ　ゑとにくらへてうつくつ（〔ママ〕）しく
ひ　ひとにかたろとおもへとも
も　もつての外にけちくさし
せ　せちくるしさかけたい也
す　すめは都と申せとも
京　京にはあきはて申候

　右はへぬきの花の江戸っ子五七
　　　小へんくさき京都の旅館に戯述

大田南畝／新場老漁

京風いろは短歌稿

い　今ぞ知る花の都の人心（ひとごころ）
ろ　陸（ろく）なるものは更になし
は　腹は茶粥（ちゃがゆ）に豆の糅（かて）
に　似ても似つかぬ裏表
ほ　欲しがるものは銭と金
へ　諂（へつら）い言うて世を渡り
と　隣近所も疎（うと）ましく
ち　近しき中を隔てつつ
り　立派を飾る悪見えに
ぬ　塗ったり剥げたり白々し
る　類に集まる馬鹿者の
を　惜しい欲しいの外はなし
わ　わろも小めろも欲張りて
か　可愛（かわゆ）げのなき漫（そぞ）ろ節
よ　良いものはただおやまにて
た　たんとさすのが常にして
れ　れんほれれっと掻（か）きのめし
そ　そらさぬ事が上手なり
つ　遣（つか）い果たせば薄情（はくじょう）に
ね　根っ切り葉っ切り病い切り
な　情け知らずに突き放し
ら　埒（らち）もない目に合わせても
む　無体（むたい）なことと思わねば
う　恨むる客が阿呆（あほう）なり
ゐ　田舎に勝る汚さは
の　軒を並ぶる町中で
お　お家さんでもいとさんでも
く　くるりとまくって立小便
や　山の中なる悲しさは
ま　稀（まれ）に魚の顔も見ず
け　今朝のごんぼは昨夜（よべ）のばり
ふ　ふくだめ塩鯖（しおさば）おごろより
こ　昆布が良いとて節（せち）料理
え　えらい始末じゃないかいな
て　てんでに芝居見る時は
あ　朝からわりご担ぎ出し
さ　桟敷（さじき）の上の握り飯
き　綺羅（きら）を飾（かざ）れる其（そ）の妻の
ゆ　湯文字（ゆもじ）は半分晒（さら）し也（なり）
め　目に見るものは何事も
み　耳に聞いたと大違い
し　知らぬ京物（きょうもの）語りをば
ゑ　江戸に比べて美しく
ひ　人に語ろと思えども
も　もっての外にけち臭さし
せ　せち苦（ぐる）しさが懈怠（けたい）也（なり）
す　住めば都と申せども
京　京には飽き果て申（もう）し候（そろ）

　右、生え抜きの花の江戸っ子五七 　　　　小便臭き京都の旅館に戯（ざ）れ述（の）ぶ