作品に出てくるものの数え方(助数詞)
 
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篇
作 家
作 品
野口雨情
【大利根八十里を溯る】

越後街道を渋川へ

前橋市から、越後街道を利根の流れにそふて、渋川へ向ふ。この辺一帯に桑畑である。童謡一篇

   ○
ここらあたりは
桑畑
蚕さんが見たなら
はつて来よな
アララノラツテバ
アララノラ

桑畑の中の、ところどころに芋畑があつて、いもの葉が川風にそよいでゐる。民謡一篇

   ○
土用が来たから
畑のいもは
子でも出来たか
いそいそと

芥川龍之介
【人及び芸術家としての薄田泣菫氏 薄田泣菫氏及び同令夫人に献ず】
叙事詩人としての薄田泣菫氏は処女詩集たる「暮笛集」に既にその鋒芒(ほうぼう)を露はしてゐる。しかしその完成したのは「二十五絃」以後と云はなければならぬ。予は今度「葛城の神」「天馳使(あまはせつかひ)の歌」「雷神の賦」等を読み往年の感歎を新にした。試みに誰でもそれ等の中の一篇——たとへば「天馳使の歌」を読んで見るが好い。天地開闢の昔に遡つたミルトン風の幻想は如何にも雄大に描かれてゐる。日本の詩壇は薄田氏以来一篇の叙事をも生んでゐない。少くとも薄田氏に比するに足るほど、芸術的に完成した一篇の叙事詩をも生んでゐない。この一事を以てしても、詩人としての薄田氏の大は何ぴとにも容易に首肯出来るであらう。予は少時「葛城の神」を読み、予も亦いつかかう言ふ叙事詩の詩人になることを夢みてゐた。のみならずいつか「葛城の神」の詩人に教へを受けることを夢みてゐた。第二の夢は幸にも今日では既に事実になつてゐる。しかし第一の夢だけは——一以下省略。
佐左木俊郎
【骨を削りつつ歩む−−文壇苦行記−−】
郷里には五月の末までいたが、その間に十篇の短篇小説を書いた。その中の「石油びん」と「小鳥撃」の二篇は、生田春月(いくたしゅんげつ)氏の選で、「新興文壇」という小雑誌に載った。その時の嬉しさは未だに忘れられない。そして私は、田舎(いなか)で書いた一篇の長篇と十篇の短篇を抱いて東京に出て来たが、また今村家の食客だった。
太宰治
【心の王者】
それでは学生本来の姿は、どのようなものであるか。それに対する答案として、私はシルレルの物語詩を一篇、諸君に語りましょう。シルレルはもっと読まなければいけない。
太宰治
【ろまん燈籠】
ひとりが、思いつくままに勝手な人物を登場させて、それから順々に、その人物の運命やら何やらを捏造(ねつぞう)していって、ついに一篇物語を創造するという遊戯である。
夏目漱石
【文芸とヒロイツク】
病院生活をして約一ヶ月になる。人から佐久間艇長の遺書の濡れたのを其儘(〔そのまま〕)写真版にしたのを貰つて、床の上で其名文を読み返して見て「文芸とヒロイツク」と云ふ一篇が書きたくなつた。
梶井基次郎
【冬の蠅】
冬から早春にかけて、人は一度ならずそんな蠅を見たにちがいない。それが冬の蠅である。私はいま、この冬私の部屋に棲(す)んでいた彼らから一篇小説を書こうとしている。
島崎藤村
【千曲川のスケッチ】
私は『釈迦譜(しゃかふ)』を選んだ。あの本の中には、王子の一生が一篇戯曲(ドラマ)を読むように写出(うつしだ)してある。
幸田露伴
【血紅星】
なまじゐに一篇の新作り出さんとの望みより少しばかり我といふものに気がついて、驚嘆し揚句は沈思に耽りたく、都会を抜け出でゝ此所雁行山に来たりしより既二年、
 
   
 
 
 

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Last updated : 2019/05/16