月令十二態げつれいじゅうにたい
泉鏡花いずみきょうか
= 大正九年一月 〜 十二月 =
[縦書き版]

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 泉鏡花の「月令十二態」は、大正9年〈1920年〉の1月から12月まで「婦女界」という雑誌に掲載されました。
青空文庫  」では、『泉鏡花の幽玄華麗な独特の文体と巧緻を尽くした作風は、川端康成、石川淳、三島由紀夫らに影響を与えた』と解説されています。
 ここでは、泉鏡花の「月令十二態」を旧字体・旧仮名遣いのまま、縦書きで表示します。
 月令十二態・泉鏡花
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月令十二態
泉鏡花

一月いちぐわつ

山嶺さんれいゆきなほふかけれども、白妙しろたへくれなゐや、うつくしきかなたまはる松籟しようらいときとしてなみぎんずるのみ、いておどろかすかねもなし。萬歳まんざいつゞみはるかに、鞠唄まりうたちかうめあひこえ、突羽根つくばねたもとまつ友染いうぜんひるがへす。をかし、のあたりにすまふなるだい〳〵長者ちやうじや吉例きちれいよろ昆布こんぶ狩衣かりぎぬに、小殿原ことのばら太刀たち佩反はきそらし、七草なゝくささと若菜わかなむとて、讓葉ゆづりはつたるが、郎等らうどう勝栗かちぐりんでいはく、あれに袖形そでかたうらなぎさに、むらさき女性によしやうそ。……しゞみ御前ごぜんにてさふらふ

二月にぐわつ

西日にしびかわ井戸端ゐどばた目笊めざるに、のこンのさむさよ。かねいまだこほの、きたつじ鍋燒なべやき饂飩うどんかすかいけいしひゞきて、みなみえだつきすごし。ひと半鉦ばんとほあかり、それゆめえて、あかつきしもきかさぬる灰色はひいろくもあたらしき障子しやうじあつす。ひとり南天なんてん色鳥いろどり音信おとづれを、まどるゝよ、とれば、ちら〳〵と薄雪うすゆき淡雪あはゆきるもつもるも風情ふぜいかな、未開紅みかいこううめ姿すがたつぼみゆきはらはむと、おき炬燵ごたつより素足すあしにして、化粧けはひたる柴垣しばがきに、には下駄げたつまさばく。

三月さんぐわつ

いたいけなる幼兒をさなごに、やさしきあねひけるは、せんおくふかく、雪洞ぼんぼりかげかすかなれば、ひなまたゝたまふとよ。いかでむとてもやらず、うつくしきふところより、かしこくも見參みまゐらすれば、うへ女夫めをとびな微笑ほゝゑたまへる。それもゆめか、胡蝶こてふつばさかいにして、もゝ花菜はなな乘合のりあひぶね。うつゝにげば、うつゝにこえて、やなぎ土手どてに、とんとあたるやつゞみ調しらべ鼓草たんぽぽの、つゞみ調しらべ

四月しぐわつ

はるよそほひうすき、朝夕あさゆふかすみいろは、ゆるにあらず、るゝにあらず、もゝつゆはなに、むすびて、みづにもつちにもなびくにこそ、あるひ海棠かいだうあめとなり、あるひまつおぼろとなる。山吹やまぶき背戸せどやなぎのき白鵝はくがあそび、鸚鵡あうむうたふや、いかだつばめごとく、つばめいかだにもたるかな。銀鞍ぎんあん少年せうねん玉駕ぎよくが佳姫かき、ともに恍惚くわうこつとしてたけなはなるとき陽炎かげろふとばりしづかなるうちに、木蓮もくれんはなひとひとみな乳房ちゝごとこひふくむ。

五月ごぐわつ

ふぢはなむらさきは、眞晝まひる色香いろかおぼろにして、白日はくじつゆめまみゆる麗人れいじん面影おもかげあり。憧憬あこがれつゝもあふぐものに、きみかよふらむ、高樓たかどのわた廻廊くわいらうは、燃立もえた躑躅つゝじそらかゝりて、宛然さながらにじへるがごとし。うみみどりさけなるかな。後苑こうゑん牡丹花ぼたんくわ赫耀かくえうとしてしかしづかなるに、たゞひとめぐはち羽音はおとよ、一杵いつしよ二杵にしよブン〳〵と、ちひさき黄金きんかねる。うたがふらくは、これ、龍宮りうぐうまさときか。

六月ろくぐわつ

くもあめもものかは。辻々つじ〳〵まつり太鼓たいこ、わつしよい〳〵の諸勢もろぎほひ山車だし宛然さながら藥玉くすだままとひる。棧敷さじき欄干らんかんつらなるや、さきかゝ凌霄のうぜんくれなゐは、瀧夜叉姫たきやしやひめ襦袢じゆばんあざむき、紫陽花あぢさゐ淺葱あさぎ光圀みつくにえりまがふ。ひと往來ゆききをどるがごとし。さけはさざんざまつかぜみどりいよ〳〵こまやかにして、夏木立なつこだちふかところやまいうさとしづかに、しかいまさかりをんな白百合しらゆりはなはだへみつあらへば、清水しみづかみたけながく、眞珠しんじゆながれしづくして、小鮎こあゆかんざし宵月よひづきかげはしる。

七月しちぐわつ

灼熱しやくねつてんちりあかし、ちまた印度インド更紗サラサかげく。赫耀かくえうたるくさや、孔雀くじやく宇宙うちうかざし、うすもの玉蟲たまむしひかりちりばむれば、松葉牡丹まつばぼたん青蜥蜴あをとかげひそむも、刺繍ぬひとりおびにして、おごれる貴女きぢよよそほひる。さかんなるかな炎暑えんしよいろ蜘蛛くもまぼろしは、かへつ鄙下ひなさが蚊帳かやしのぎ、青簾あをすだれなかなる黒猫くろねこも、兒女じぢよ掌中しやうちうのものならず、ひげ蚊柱かばしら號令がうれいして、夕立ゆふだちくもばむとす。さもあらばあれ、夕顏ゆふがほ薄化粧うすげしやうかけひみづたまふくむで、露臺ろだいほしに、ゆきおもてうつす、姿すがたまたこゝにあり、姿すがたまたこゝにあり。

八月はちぐわつ

向日葵ひまはり向日葵ひまはり百日紅ひやくじつこう昨日きのふ今日けふも、あつさはありかずかぞへて、麻野あさの萱原かやはら青薄あをすゝき刈萱かるかやあきちかきにも、くさいきれくもるまで、たちおほ旱雲ひでりぐもおそろしく、一里塚いちりづかおにはあらずや、並木なみき小笠をがさ如何いかならむ。いな炎天えんてんなさけあり。常夏とこなつはなけり。やさしさよ、松蔭まつかげ清水しみづやなぎおとしづくこゑありて、旅人たびびとつゆわかてば、細瀧ほそだき心太ところてんたちまかれて、饂飩うどん蒟蒻こんにやくあざけるとき冷奴豆腐ひややつこたではじめてすゞしく、爪紅つまくれなゐなるかにむれ納涼すゞみみづつてづ。やがてさら〳〵とわた山風やまかぜや、つきかげうりをどる。踊子をどりこ何々なに〳〵ぞ。南瓜たうなす冬瓜とうがん青瓢あをふくべ白瓜しろうり淺瓜あさうり眞桑瓜まくはうり

九月くぐわつ

のこんあつ幾日いくにちぞ、また幾日いくにちぞ。しか刈萱かるかやみのいつしかにつゆしげく、芭蕉ばせをそゝ夜半よはあめ、やがてれてくもしろく、芙蓉ふようひるこほろぎときるとしもあらずやなぎなゝめすだれおどろかせば、夏痩なつやせにうつくしきが、轉寢うたゝねゆめよりめて、もすそ濡縁ぬれえんに、瑠璃るりそらか、二三輪にさんりん朝顏あさがほちひさあはく、いろしろひとわきあけのぞきて、おび新涼しんりやうあゐゑがく。ゆるき扱帶しごきむや、とほやまちかみづ待人まちびときたれ、初雁はつかりわたるなり。

十月じふぐわつ

くもくもきたり、やがてみづごとれぬ。白雲しらくも行衞ゆくへまがふ、蘆間あしまふねあり。あは蕎麥そば色紙畠しきしばたけ小田をだ棚田たなだ案山子かゝしとほ夕越ゆふごえて、よひくらきにふなばたしろし。白銀しろがねもてめりてふ、つきひかりたゝふるかとれば、つめたつゆながるゝなりつてはうすしもとならむ。よ、朝凪あさなぎうらなぎさいさぎよ素絹そけんきて、山姫やまひめきたゑがくをところ――えだすきたるやなぎなかより、まつつたこずゑより、いだ秀嶽しうがく第一峯だいいつぽう山颪やまおろしさときたれば、色鳥いろどりれてたきわたる。うつくしきかな、はねつばさきりはらつて錦葉もみぢたり。

十一月じふいちぐわつ

青碧せいへき澄明ちようめいてん雲端うんたん古城こじやうあり、天守てんしゆ聳立そばだてり。ほりみづひしくろく、石垣いしがきつたくれなゐながす。ちてもりしづかに、かぜむで肅殺しゆくさつつるところえだ朱槍しゆさうよこたへ、すゝき白劍はくけんせ、こみち漆弓しつきうひそめ、しもやじりぐ。峻峰しゆんぽうみな將軍しやうぐん磊嚴らいがんこと〴〵貔貅ひきうたり。しかりとはいへども、雁金かりがね可懷なつかしきず、牡鹿さをしか可哀あはれさず。かぶと愛憐あいれんめ、よろひ情懷じやうくわいいだく。明星みやうじやうと、太白星ゆふつゞと、すなはち意氣いきらすとき何事なにごとぞ、いたづら銃聲じうせいあり。つたなかな驕奢けうしやれふ一鳥いつてうたかいつして、こだまわらふこと三度みたび

十二月じふにぐわつ

大根だいこん時雨しぐれ干菜ほしなかぜとびからすせはしきそらを、くものまゝにつゝけば、霜林さうりん一寺いちじいだきてみねしづかてるあり。かねあれどもかず、きやうあれどもそうなく、しばあれどもひとず、師走しはすまちはしりけむ。こゑあるはひとりかけひにして、いはきざみ、いしけづりて、つめたえだかげひかる。がためのしろ珊瑚さんごぞ。あのやまえて、たにえて、はるきたきざはしなるべし。されば水筋みづすぢゆるむあたり、水仙すゐせんさむく、はなあたゝかかをりしか。かりあとの粟畑あはばたけ山鳥やまどり姿すがたあらはに、引棄ひきすてしまめからさら〳〵とるをれば、一抹いちまつ紅塵こうぢん手鞠てまりて、かろちまたうへべり。

大正九年一月―十二月

 泉鏡花『月令十二態』[画像版]
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底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
   1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
   1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志  校正:米田進  2002年4月24日作成  2003年5月18日修正
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●表記について
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「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。

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Last updated : 2022/04/24