地図で見る隅田川の渡し
= 尾竹の渡し =

《尾竹の渡し》
現在の尾竹橋の下流300 mほどの位置にあった。付近に「富士見屋」「柳屋」「大黒屋」という 三軒の茶屋があったため「お茶屋の渡し」とも称されたという。また「尾竹」の名も「お竹」という茶屋の看板娘から名付けられたと伝わっている。天保年間(1840年 - )に開設され、昭和9年の尾竹橋架橋後もしばらく運行されていた記録が残る。千住、西新井大師方面へ向かう交通路として重要な役割を果たした。付近の尾竹橋公園入口に案内板が設置されている。 Wikipedia 
《尾竹の渡し》
*初期設定の左の地図は「関東平野迅速測図」と呼ばれる地図で、明治前期の、明治13年〈1880年〉から明治19年〈1886年〉にかけての関東平野。
*初期設定での地図の中心点が渡船場付近。

Last updated : 2025/09/19