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■ Wikipediaによる解説 ■
八木城(やぎじょう)は、兵庫県養父市八鹿町八木にあった山城。国の史跡に指定されている。
八木城は、標高409mの「土城山」と、そこから南東へ約450m離れた尾根伝いにある標高303mの「城山」の二か所がある。この尾根を登っていくと、兵庫県下では最高峰の氷ノ山(1520m)へ続いている。八木集落の中央を旧山陰道が東西にあり、それに平行して八木川が流れている。城山にある方は「八木城」、土城山の方を「土城」(別名「八木古城」)と呼称されており、八木城は八木氏が、土城は閉伊氏が在城していた。しかし『ひょうごの城紀行』によると「近年の発掘研究では織豊期に改修されている」とし両城とも同時期に改修していると指摘している。八木城、土城を合わせて「八木城」と呼ばれているが、「八木石城」、「八木土城」とも呼ばれることもある。
但馬国には約220の城が存在している。このうち豊臣政権時代には古文書から4か所しかなく、更に徳川政権時代には出石城の1か所のみとなり、陣屋は豊岡陣屋、村岡陣屋、更に生野代官所の3か所となる。八木城は豊臣政権時代まで存在していた城である。
八木城
(兵庫県) |
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別名 | 八木城 |
城郭構造 | 連郭式山城 |
天守構造 | なし |
築城主 | 閉伊頼国 |
築城年 | 1063年(康平6年) |
主な改修者 | 八木豊信 |
主な城主 | 閉伊頼国、八木氏 |
廃城年 | 1585年(天正13年)か |
遺構 | 曲輪、土塁、堀切 |
指定文化財 | 国の史跡 |
再建造物 | なし |
位置 | 北緯35度23分30.88秒/東経134度42分26.42秒 |
[八木城_(但馬国)] - 引用した Wikipedia の情報は更新されている場合があります。
(2013年7月15日 (月) 03:58 UTCの版)『ウィキペディア日本語版』
(2013年7月15日 (月) 03:58 UTCの版)『ウィキペディア日本語版』
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