地図で見る『日本にほんしろ
Nihon-no-Shiro on Maps
川越城
日本・埼玉県

川越城(かわごえじょう)・埼玉県
  Wikipediaによる解説
 川越城(かわごえじょう)は、埼玉県川越市にある城跡。江戸時代には川越藩の藩庁が置かれた。別名、初雁城、霧隠城。関東七名城・日本100名城。通常、川越城の名称を表記する場合、中世については河越城、近世以降は川越城と表記されることが多い。
川越城
(埼玉県)
別名 初雁城、霧隠城
城郭構造 平山城
天守構造 なし
築城主 太田道真、道灌父子
築城年 1457年(長禄元年)
主な改修者 大道寺政繁、松平信綱
主な城主 扇谷上杉氏、後北条氏、酒井氏、堀田氏、越前松平氏、他
廃城年 1869年(明治2年)頃
遺構 堀・土塁・御殿の一部・移築物3棟
指定文化財 埼玉県有形文化財(本丸御殿)
埼玉県史跡
位置 北緯35度55分28.25秒/東経139度29分29.41秒
 武蔵野台地の北東端に位置する平山城。1848年(嘉永元年)に建られた本丸御殿の一部が現存する(埼玉県有形文化財)。二の丸跡は川越市立博物館・川越市立美術館となっている。三の丸跡地である埼玉県立川越高等学校の近くに小高い富士見櫓跡があり御嶽神社と浅間神社が建っている。川越城には天守はなく、宇都宮城・清明台櫓と同様に城の中で一番高い所にあった富士見櫓が天守の代わりをしていた。富士見櫓は三層と考えられている。埼玉県指定史跡。中世から近世にかけて改築がなされ規模を大きく変えた。藩政時代には、酒井忠勝・松平信綱(知恵伊豆)や柳沢吉保など幕府の要職についた歴代藩主が多く(幕閣の老中数7名は全国でも最多の藩の1つ)、特に江戸時代中期までは「老中の居城」であった(中期以降は親藩)。
[川越城] - 引用した Wikipedia の情報は更新されている場合があります。
(2014年4月13日 (日) 08:50 UTCの版)『ウィキペディア日本語版』
*地図が正しく表示されない場合、地図左下の「Google」のロゴタイプをクリックしてください。
 目次へ戻る                  

〔川越城〕日本・埼玉県



Last updated : 2025/09/19