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年齢の名称・異称・別名

- 志学・弱冠・而立・不惑・知命・耳順・従心など -

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年齢
別称・異称
読み
意味など
2、3歳 孩提 がいてい 嬰児みどりご幼子おさなごのこと。孩は幼児がにっこり笑うこと、提は抱かれることの意から幼児を指す。

【石川啄木 渋民日記】
笑ふ時の笑くぼは、無心の孩提のそれの様に愛らしくて、
7、8歳 三尺の童子 さんせきのどうじ
(さんじゃく)
三尺は小さいことの意。一尺は二歳半のことで、三尺は七、八歳を指す。このころの年齢のこどもの身の丈が三尺ほどだからとする説も。無知な者のたとえにも。

【夏目漱石 吾輩は猫である】
もし腕力に訴えたなら三尺の童子も吾輩を自由に上下し得るであろうが、
青空文庫で読む

【寺田寅彦 知と疑い】
地球上の物体が地面に向かって落ちる事は三尺の童子もこれを知る。
青空文庫で読む
10歳 幼学 ようがく 「人生まれて十年を幼といいて学ぶ」(「礼記・曲礼上」)より
15歳 志学 しがく    「論語・為政第二」より
15歳・女子 笄年 けいねん 女子は、十五でかんざしをつけて成人となったことから。 
16歳・女子 破瓜 はか 「瓜」という字を縦二つに割ると、「八」が二つになり、足すと「十六」になることから「女子十六歳」を指す。掛けて「六十四」になることから「男子六十四歳」も指す。
20歳 弱冠 じゃっかん 「二十を弱といいて冠す」(「礼記・曲礼上」)より。中国・周代の制度で、男子は二十歳で冠を付けて成人(元服)した。 年が若いことも指す。
若冠二十歳」 や、「若干二十歳」は誤り。

【岡本綺堂 中国怪奇小説集 酉陽雑爼(唐)】
清河の崔羅什さいらじゅうという青年はまだ弱冠じゃっかんながらもかねて才名があったので、
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【渡辺温 嘘】
――断っておくが、井深君の齢は、そんな身形みなりをしても、未だ三十二歳には少し間があって、しかもその実際よりも更に三つ四つ若く、つまり弱冠はたちそこそこにしか見えないような童顔をしていた。
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【菊池寛 仇討三態】
ことに父が討たれたときに、弱冠であった忠三郎が敵の面体を確かに覚えていようはずがない。
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20歳・男子 丁年 ていねん 一人前として認められるようになる年齢。満二十歳。強壮の時にあたる年の意。

【森鴎外 遺言三種】
未ダ丁年ニ達セザル時ニ死シテ予ノ遺族恩賜金ヲ受ケ
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【国木田独歩 正直者】
せめて二十五六になればだが君は丁年にすら足りないのだからね

【三島由紀夫 金閣寺】
やがて丁年に達すれば私も兵隊にとられる

【岡本かの子 秋の夜がたり】
丁度国の大戦の為にその国の丁年ていねん以上の男子が大方戦線へ出たその兵士の仲に当然まじつて行つて仕舞ひ、
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【嘉村礒多 崖の下】
さうした母性愛を知らない圭一郎が丁年にも達しない時分に二歳年上の妻と有無なく結婚したのは、
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【大杉栄 続獄中記】
脱衣場では、同志の村木というまだ未丁年の男が一人、蒼い顔をして着物を着かけていた。
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30歳
30代〜
50代前半
壮年 そうねん 血気盛んで、人生で一番働き盛りのころ。 「人生まれて三十年を壮という」(「礼記・曲礼上」)より。30歳くらいの年齢の、最もさかんなころ。30代から50代半ばを指し、主に40代から50代を指すことが多い。広くは、成年に達してから老年になるまで。
30歳 壮室 そうしつ   「三十を壮といいて室あり」(「礼記・曲礼上」)より。 「室」は、結婚をして妻がいること。
30歳 而立 じりつ    「論語・為政第二」より
40歳 不惑 ふわく    「論語・為政第二」より
40歳 強仕 きょうし 「四十を強といい、しこうして仕う」(「礼記・曲礼上」)より。 「仕う」は、「仕官する」の意。
48歳 桑年 そうねん   桑という字の異体字「」が、四つの十と八に分けられることから四十八歳を指す。
50歳 知命 ちめい    「論語・為政第二」より
50歳 艾年 がいねん 「五十をがいという」(「礼記・曲礼上」)より。 「がいは、よもぎのことで、髪がよもぎのように白なる年齢という意。「がい」は、もぐさでもある。
60歳 耳順 じじゅん    「論語・為政第二」より
60歳 還暦 かんれき 数え六十一歳(満六十歳)のこと。数え六十一歳(満六十歳)に、その人が生まれた年の干支がまた戻って来て、長寿であることを神に感謝し祝う行事。十干と十二支の組み合わせで六十一年目に元の干支に戻る。「本卦還ほんけがえり」「華甲かこう」とも。
60歳 丁年 ていねん 丁が終わる年齢。丁は、律令制で二十一歳から六十歳の男子。女子にも使う。
64歳・男子 破瓜 はか 「瓜」という字を縦二つに割ると、「八」が二つになり、掛けると「六十四」になることから「男子六十四歳」を指す。足して「十六」になることから「女子十六歳」も指す。
70歳 従心 じゅうしん    「論語・為政第二」より 
70歳 古希(稀) こき 「人生七十古来稀 (じんせいしちじゅう こらいまれなり)」(「曲江詩・杜甫」)より
 その他 「長寿の祝い」はこちらから

『論語』が基になった年齢を表す言葉


志学=十五歳、 而立=三十歳、 不惑=四十歳、 知命=五十歳、

耳順=六十歳、 従心=七十歳

年齢を表す言葉の基になった『論語』


子曰、「吾十有五而志。三十而立。四十而不惑。五十而知天命。六十而耳順。七十而従心所一レ欲、不矩。」  〔為政(い せい)第二〕

『論語 〔為政第二〕』の読み方


子曰( し い)はく、「(われ)十有五(じゅうゆう ご)にして(がく)(こころざ)す。三十(さん じゅう)にして()つ。四十(しじゅう)にして(まど)はず。五十(ごじゅう)にして天命(てんめい)()る。六十(ろくじゅう )にして耳順(みみしたが )ふ。七十(しちじゅう )にして(こころ )(ほっ)する(ところ )(したが )へども、(のり)()えず」と。

『論語 〔為政第二〕』の意味


孔子は言います。

私は、十五の時に学問で身を立てようと決心しました。

三十の時に、学問などの基礎がきちっとして、独り立ちができるようになりました。

四十の時に、狭い見方に捕らわれることなく、心の迷いがなくなりました。

五十の時に、天が自分自身に与えた使命を自覚しました。

六十の時に、何を聞いても素直に受け入れることができるようになりました。

七十の時に、自分がしたいと思う言動をしても、人の道を踏み外すことがなくなりました。

と。

孔 子


孔子(こうし)

本名 :孔丘 〔名はきゅうあざな仲尼ちゅうじ

生没年 : 紀元前(BC)551〜紀元前(BC)479 (七十三歳で没)
      前552年、前550年生まれという説も。

生まれ : の国の陬邑すうゆう〔山東省曲阜きょくふの東南〕

中国、春秋時代の思想家で、その教えが「儒教」

孔子や門人などの言葉や行い、孔子と門人たちの対話などを、孔子の死後何代かにわたって孔子の弟子たちが編集したのが『論語』。

『論語』は、四書の一つ。

『四書』は、儒教の基本聖典で、「大学」「中庸」「論語」「孟子」のこと。


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