*スマートフォンの縦向きで画面がはみ出す場合、横向きでご利用ください。(調整中です)
浄土真宗本願寺派(じょうどしんしゅうほんがんじは)の経文(きょうもん)

礼讃文(らいさんもん)(三帰依文(さんきえもん))

漢字・唱え方など参考:『お経 浄土真宗』(講談社)

礼讃文(らいさんもん)(三帰依文(さんきえもん)) [一]


人身(にんじん)受(う)け難(がた)し、今(いま)已(すで)に受(う)く。
仏法(ぶっぽう)聞(き)き難(がた)し、今(いま)已(すで)に聞(き)く。
此(この)身(み)今生(こんじょう)にむかって度(ど)せずんば、更(さら)に何(いず)れの生(しょう)にむかってか此(この)身(み)を度(ど)せん。大衆(だいしゅ)もろともに、至心(ししん)に三宝(さんぼう)に帰依(きえ)したてまつるべし。
自(みずか)ら仏(ぶつ)に帰依(きえ)したてまつる。当(まさ)に願(ねが)わくは衆生(しゅじょう)とともに、大道(だいどう)を体解(たいげ)して、無上意(むじょうい)を発(おこ)さん。
自(みずか)ら法(ほう)に帰依(きえ)したてまつる。当(まさ)に願(ねが)わくは衆生(しゅじょう)とともに、深(ふか)く経蔵(きょうぞう)に入(い)りて、智慧(ちえ)海(うみ)の如(ごと)くならん。

礼讃文(らいさんもん)(三帰依文(さんきえもん)) [二]


自(みずか)ら僧(そう)に帰依(きえ)したてまつる。 当(まさ)に願(ねが)わくは衆生(しゅじょう)とともに、大衆(だいしゅ)を統理(とうり)して、一切(いっさい)無碍(むげ)ならん。
無上(むじょう)甚深(じんじん)微妙(みみょう)の法(ほう)は、百千万劫(ひゃくせんまんごう)にも遭(あい)遇(お)うこと難(かた)し。我(われ)今(いま)見聞(けんもん)し受持(じゅじ)することを得(え)たり。願(ねが)わくは如来(にょらい)の真実義(しんじつぎ)を解(げ)したてまつらん。
礼讃文(らいさんもん)(三帰依文(さんきえもん))
人身(にんじん)受(う)け難(がた)し、今(いま)已(すで)に受(う)く。
仏法(ぶっぽう)聞(き)き難(がた)し、今(いま)已(すで)に聞(き)く。
此(この)身(み)今生(こんじょう)にむかって度(ど)せずんば、更(さら)に何(いず)れの生(しょう)にむかってか此(この)身(み)を度(ど)せん。 大衆(だいしゅ)もろともに、至心(ししん)に三宝(さんぼう)に帰依(きえ)したてまつるべし。
自(みずか)ら仏(ぶつ)に帰依(きえ)したてまつる。当(まさ)に願(ねが)わくは衆生(しゅじょう)とともに、大道(だいどう)を体解(たいげ)して、無上意(むじょうい)を発(おこ)さん。
自(みずか)ら法(ほう)に帰依(きえ)したてまつる。当(まさ)に願(ねが)わくは衆生(しゅじょう)とともに、深(ふか)く経蔵(きょうぞう)に入(い)りて、智慧(ちえ)海(うみ)の如(ごと)くならん。
自(みずか)ら僧(そう)に帰依(きえ)したてまつる。当(まさ)に願(ねが)わくは衆生(しゅじょう)とともに、大衆(だいしゅ)を統理(とうり)して、一切(いっさい)無碍(むげ)ならん。
無上(むじょう)甚深(じんじん)微妙(みみょう)の法(ほう)は、百千万劫(ひゃくせんまんごう)にも遭(あい)遇(お)うこと難(かた)し。我(われ)今(いま)見聞(けんもん)し受持(じゅじ)することを得(え)たり。願(ねが)わくは如来(にょらい)の真実義(しんじつぎ)を解(げ)したてまつらん。
漢字・唱え方など参考:『お経 浄土真宗』(講談社)
《礼讃文(三帰依文) PDF版》

PDFが表示されない場合、こちらをクリック。


Last updated : 2025/12/26