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日本にほん十大家紋じゅうだいかもん
= 日本の十大紋 =
  • 日本における家紋の数は、研究家の調査などでは 2万5千以上になるとされます。
  • 日本最大クラスの家紋事典『日本家紋総鑑(千鹿野 茂/著・角川書店・1993年〈平成5年〉)』 では、家紋掲載数が約2万を数えます。
  • それら数多くの家紋の内、 柏紋 かしわもん片喰紋かたばみもん桐紋きりもん鷹の羽紋たかのはもん橘紋たちばなもん蔦紋つたもん藤紋ふじもん茗荷紋みょうがもん木瓜紋もっこうもん沢瀉紋おもだかもん の十の家紋は、広く用いられ、また、図柄も多いことなどから「十大家紋」「十大紋」などと呼ばれることがあります。
  • また、この中の、 片喰かたばみきり鷹の羽たかのはふじ木瓜もっこう の五つは「五大家紋」「五大紋」などと呼ばれることもあります。
  • 「五大家紋」「十大家紋」は、Wikipedia      などにも載って一般に流布し、当サイトの制作に当たっても参考にしたが、数字などによる裏付けが見当たらずその根拠は希薄である。従って、現時点では通説として捉えるのが妥当と考えられる。
  • 2008年〈平成20年〉刊の『家紋の事典(高澤等/著・東京堂出版)』     によれば、家紋の全国の占有率の上位10位は、片喰・木瓜・鷹の羽・柏・藤・桐・蔦・梅・橘・ 目結めゆい となっていて、ここに上げた十の内、茗荷は12位、沢潟は集計されている16位以内に入っていない。
日本の十大家紋・日本の十大紋
十大家紋の内『柏紋』
日本十大家紋の内『柏紋』
  • 柏紋はブナ目ブナ科の落葉中高木を図案化したものである。柏の葉は食べ物を盛る器「膳(かしわで)」として信仰とも深い植物であることから神紋としても好まれて使用されている。
  • 家紋の種類は500種以上に及ぶ。柏紋の中でも三つ柏は一般的に広く使われている家紋のひとつであり、多くの種類が挙げられる。Wikipedia 
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十大家紋の内『片喰紋』
日本十大家紋の内『片喰紋』
  • 片喰・酢漿草は、カタバミ科カタバミ属の多年草で、繁殖力が強く、一度根付くと絶やすことが困難であることが、「(家が)絶えない」に通じることから、武家の間では、家運隆盛・子孫繁栄の縁起担ぎとして家紋の図案として用いられた。
  • 戦国大名の長宗我部元親など土佐長宗我部家の「七つ酢漿草」や新陰流である上泉信綱の「酢漿草」、徳川氏譜代の酒井氏の「剣酢漿草」「丸に酢漿草」など、酢漿草紋を家紋とする戦国大名・武将も多い。Wikipedia 
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十大家紋の内『桐紋』
日本十大家紋の内『桐紋』
  • 桐紋とは、ゴマノハグサ科の樹木であるキリ(桐)の葉や花を図案化した、家紋などの総称である。桐花紋とうかもんとも呼ばれる。
  • 室町幕府では小判などの貨幣に刻印された。これ以来、室町幕府のほか皇室や豊臣政権など様々な政権が用いており、現在では日本国政府の紋章として用いられている。Wikipedia 
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十大家紋の内『鷹の羽紋』
日本十大家紋の内『鷹の羽紋』
  • 鷹の羽は、猛禽類である鷹の羽根のことで、和弓に用いられる矢の 矢羽根 やばね の材料である。
  • 鷹の羽紋は、勇猛な様子から武士などから尚武的に用いられる「鷹紋」と同様に、尚武的な意味で用いたもので、江戸時代には、阿部氏(白河藩、備後福山藩など)や安芸浅野氏、下総関宿久世氏などの大名や旗本など約120家が鷹の羽紋を用いた。Wikipedia 
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十大家紋の内『橘紋』
日本十大家紋の内『橘紋』
  • タチバナの実と葉を図案化した家紋である。文様としては平安時代末期頃に現れ、江戸時代には90家余りの旗本が用い、蔦紋や桐紋などとともに十大家紋の一つに挙げられている。
  • 元明天皇が、葛城王に橘姓を下賜したことにちなみ橘系の氏族や橘氏の後裔を称する家、他氏族が家紋として用いた。『見聞諸家紋 』に記された、薬師寺氏(丸に三つ立ち橘)、小寺氏(藤巴に三つ橘)が文献上の初見である。Wikipedia 
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十大家紋の内『蔦紋』
日本十大家紋の内『蔦紋』
  • ツタの葉・茎・花を図案化したものである。
  • 家紋としての初見は不明であるが、江戸時代に松平氏が用い、8代将軍である徳川吉宗が用いたことから広まったとも言われる。現在は十大家紋に数えられるほどに使用家が多い。『見聞諸家紋 』には、椎名氏(蔦)、富田氏(蔓蔦)、高安氏(竹笹輪に蔦)が載せられている。Wikipedia 
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十大家紋の内『藤紋』
日本十大家紋の内『藤紋』
  • ヤマフジのぶら下がって咲く花と葉を「藤の丸」として図案化したもので、元来は「下り藤」である。家紋として文献に載ったのは、15世紀ごろに書かれた『見聞諸家紋 』などである。
  • 図案には、上り藤、下り藤、一つ藤巴、藤輪、利久藤、三つ追い藤、黒田藤などがある。Wikipedia 
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十大家紋の内『茗荷紋』
日本十大家紋の内『茗荷紋』
  • ショウガ科の多年草であるミョウガの花を図案化したもので、馬具の一種である杏葉を図案化した杏葉紋ぎょうようもん の形とよく似ており、また杏葉紋から変化したとも言われている。
  • 家紋として用いた文献上(『見聞諸家紋 』)の初見は二宮氏である。また、茗荷の音が「冥加」に通じることから、神仏の加護が得られる縁起の良い紋として、神社や寺などで用いられることが多い。Wikipedia 
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十大家紋の内『木瓜紋』
日本十大家紋の内『木瓜紋』
  • 木瓜紋は、もとは 有職文様 ゆうそくもんよう である。瓜を輪切りにしたその断面や鳥の巣を図案化したものといわれ、子孫繁栄を祈る家紋である。
  • 有職として木工職人に携わった官職・家系に多く、工藤氏(藤原氏に仕えた木工職)や末裔の伊東氏などに木瓜紋が見られる。また神紋として八坂神社の五瓜紋をはじめとする全国の祇園神社の多くが木瓜紋を神紋としているほか、高良大社、養父神社などにも見られる。Wikipedia 
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十大家紋の内『沢瀉紋』
日本十大家紋の内『沢瀉紋』
  • 植物のオモダカ科の多年草であるオモダカを図案化したものである。オモダカの表記については「澤瀉」のほかに「面高」とも表記される。葉の形状が、矢の鏃の形に似ていることから「 勝軍草かちいくさぐさ」の別名もある。
  • 奈良時代から文様として使われ、しるしとして使われた例としては平安時代末期の仁安年間に久我家が牛車につけたことが『餝抄』にある。戦国末期では、葉の形が矢尻のようであったため武家に使用されるようになった。Wikipedia 
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    巴紋の形の、「右三つ巴」「左三つ巴」など、どちら向きを右もしくは左とするかの呼称の問題は、研究家の間でも論点となっている所のようです。 当サイトでは、細くなって行く方向を示すという考え方に立ち、例えば「右三つ巴」は、下の図のように細い方が右を向き、太い方が左を向いている形を表しています。
         右三つ巴
    これは、日本最古(1470年頃の成立)の紋帳とされる『見聞諸家紋けんもんしょかもん 』にも見られるもので、見聞諸家紋には左巴、右巴との表記があります。
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Last updated : 2020/11/04