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絵本江戸土産(えほんえどみやげ)・くずし字を読む
= 芝神明の社 =

《芝神明の社》
《翻刻》
芝神明の社  飯倉神明は 一条院 寛弘年中託宣ありてこゝに祀る 社領十五石となん 祭礼毎年九月十一日より同廿日に畢る 氏子の家々醴を醸り 近隣に贈り 詣人を饗す 且 その社地にて千木箱および生姜を売るを恒例とす 参詣の人是を求め 生姜は来正月の膳となす 蓋その獲所をしらす

《現代表記》
芝神明の社(しばしんめいのやしろ)   飯倉神明(いいぐらしんめい)は、一条院(いちじょういん)、寛弘年中(かんこうねんじゅう)託宣(たくせん)ありてここに祀(まつ)る。社領(しゃりょう)十五石となん。祭礼(さいれい)毎年九月十一日より同二十日に畢(おわ)る。氏子(うじこ)の家々(いえいえ)醴(あまざけ)を醸(つく)り、近隣(きんりん)に贈(おく)り、詣人(けいじん)を饗(もてな)す。且(かつ)、その社地(しゃち)にて千木箱(ちぎばこ)および生姜(しょうが)を売(う)るを恒例(こうれい)とす。参詣(さんけい)の人是(これ)を求め、生姜(しょうが)は来(らい)正月の膳(ぜん)となす。蓋(けだし)その獲(と)る所(ところ)をしらず。

*寛弘(かんこう)は、1004年から1012年。
*広重は、名所江戸百景     で、「江戸百景余輿・芝神明増上寺」として、芝神明と隣接する増上寺を描く。
*説明は、などの意。
*万治は、1658年から1661年。
漢字(かな)
*この地図の初期設定での中心点は芝神明の社付近。初期設定の左の地図は関東平野迅速測図と呼ばれる地図で、明治前期の、明治13年〈1880年〉から明治19年〈1886年〉にかけての関東平野。

Last updated : 2025/12/26