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絵本江戸土産(えほんえどみやげ)・くずし字を読む
= 数寄屋河岸の夕景 =

《数寄屋河岸の夕景》
《翻刻》
数寄屋河岸の夕景  数寄屋橋御門の外にて 西は大城の石壁数里に連なり 東南北はみな市中にして 商賈軒を嵩ね甍をならべ 東都の繁栄目を驚かせり 就中夕景は 富士山朦朧として高く聳え 湖中舩筏には夕餉を炊ぐ 実に一時の壮観なり

《現代表記》
数寄屋河岸(すきやかし)の夕景(ゆうけい)  数寄屋橋御門(すきやばしごもん)の外(そと)にて、西(にし)は大城(たいじょう)の石壁(せきへき)数里(すうり)に連(つら)なり、東南北はみな市中(しちゅう)にして、商賈(しょうこ)軒(のき)を嵩(かさ)ね甍(いらか)をならべ、東都(とうと)の繁栄(はんえい)目を驚(おどろ)かせり。就中(なかんずく)夕景(ゆうけい)は、富士山(ふじさん)朦朧(もうろう)として高(たか)く聳(そび)え、湖中(こちゅう)船筏(せんばつ)には夕餉(ゆうげ)を炊(かし)ぐ。実(じつ)に一時(いちじ)の壮観(そうかん)なり。

*商賈(しょうこ)は、商売、あきない、商人、あきんど、商店などのこと。
*説明は、などの意。
*万治は、1658年から1661年。
漢字(かな)
*この地図の初期設定での中心点は数寄屋河岸付近。初期設定の左の地図は関東平野迅速測図と呼ばれる地図で、明治前期の、明治13年〈1880年〉から明治19年〈1886年〉にかけての関東平野。

Last updated : 2025/12/26