七草がゆ・七草爪の風習が登場する文芸作品

  春の七草 
  七草がゆの作り方 
  秋の七草 
  秋の七草の家紋 
  夏の七草 
  冬の七草 
  七草の英名 
※「七草」に関する文言の部分を着色しています。

柴田流星「残されたる江戸」(抜粋)

 三ヶ日と七草

 正月は三ヶ日が江戸ッ児の最も真面目なるべき時だ。かれらは元日の黎明に若水汲んで含嗽うがいし、衣を改めて芝浦、愛宕山、九段、上野、待乳山まつちやまなどに初日の出を拝し、帰来屠蘇雑煮餅を祝うて、更に恵方詣をなす、亀戸天神、深川八幡、日枝神社、湯島天神、神田明神などはその主なるものである。
 かくして更に向島の七福神巡りをするものもあれば、近所の廻礼をすますものもある、けれど廻礼には大方二日以後の日を択び、元日はただ嘻笑の間に和楽して終るが多い。
 二日は初湯、初荷、買初、弾初、初夢など江戸ッ児にとっては事多き日である。殊にお宝お宝の絵紙を買って、波乗り船のゆたかな夢をたずぬるかれらは、遂に憧憬の児たらずとせんや。吾儕はそれが絵の如き美しさと快さとを絶えず夢みて、ここに不断の詩趣を味いつつあるのだ。
 三日には大方の廻礼もおわり、浮世の義理をはなれた仲よし気よしのザックバランな酒盛り、江戸ッ児の特色は一に全く個中に存するを見るべくして、これやがてその本領なのである。もしそれ夜に入っての歌留多カルタ遊びに至っては花の色の移ろうを知らざる若き男おんなの罪のない争い、やがてはそれも罪つくるよすがにとはなるべきも、当座はただ慾も苦もない華やかなさざめき、かくてぞ喜びをまつの内はあわただしく過ぎて、七日のまだき、澄みきった あさ の空気に高々と響き亘る 薺打 なずなう ちの音、「七草なずな、唐土の鶏が、日本の土地に、渡らぬ先に、ストトントン」と彼方からも此方からも聞え初めると、昨日までの門松も飾藁も名残なく取去られて、浮世は元の姿にかえるも淋しい。しかし江戸ッ児には二十日正月までの物日はまだ乏しくないのだ。

  • 柴田流星「残されたる江戸」
    底本:「残されたる江戸」中公文庫、中央公論社
       1990(平成2)年6月10日発行
    底本の親本:「残されたる江戸」洛陽堂
       1911(明治44)年5月
    青空文庫で読む


牧野信一 「熱海へ」(抜粋)

 翌朝、彼は十時頃眼を醒した。
七草で今朝はお粥よ。」と周子が云った。縁側には飴色の陽が深くさしていた。其処に座蒲団を二枚敷いて、一枚を二ツ折りの枕にして父は、口をあけてぐっすりと鼾をかいて眠っていた。
 其処を避けて、彼が通った時周子は「あらあら、お父さんはまア、こんな処で日和ぼっこ?」と云いながら毛布を掛けていた。「可哀想に、昨晩のお疲れ!」
 彼が顔を洗っている傍に周子は来て、
「あたま痛くない?」と訊いた。
「痛くない。」
「大丈夫だわね。」
「あれはどうしたんだ。」庭の隅の物干に彼の羽織と着物が干してあるので、彼は訊ねた。
「ゲロ!」と云って周子は顔を顰めた。
「ほう!」彼は、つまらなさそうに、でも一寸眼を丸くした。
「お父さんも――」と周子は云った。もう少し此方を見て見ろ、と云われたので彼は窓から首を出して見ると、彼の羽織に並んで、父の羽織、着物、袴、メリヤスの股引、白足袋などがズラリと干してあった。
「あなたが悪いからよ。」周子はにがわらいした。「あなたが行くまでお父さんは余りお酔いになってはいなかったのよ。それをまア、あなたッてば無理に――あなたが無理に飲ませたようなものだわ、よくお父さんはおこらないと思って妾感心した。」
 殆ど記憶もなかったが、そう云われて見ると、彼はだんだんに顔がほてって来た。
「お父さんがおめかけを置こうとどうしようと、それにあなたが出しゃばるなんて、全く鼻持のならない事だわ、妾が堪らなかった。」
「よせ、よせ。」彼は鏡を眺めながらせッせッと歯を磨いた。
「お母さんは今朝早く松を伴れて熱海へいらしッてよ。」
「ほう!」
「お母さんにだって、そうだわ。あなたが悪いのよ、何でも変な風にばかしお父さんのことを云うんですもの。」
「お母さんが気が早いんだよ。」
「嘘! あなたがたきつけるんだ。」
「止せばいゝのに、熱海なんてつまらない。」
「具体的にしたのよ。」周子は斯う云い棄てゝ行って了った。彼は、自分が前の晩に喋ったことは忘れてしまって、
「変な奴だなア!」と呟いた。
 彼が茶の間に入って来た時には、父は火鉢の前に憤ってゞも居るように口を尖らせて、かしこまって座つていた。
 彼は、黙って膳の前に座った。一体父と彼とは酒に酔った時でない限り殆ど言葉を交さないのが習慣だった。少し位い用があってもお互に母か周子を通して済した。面とぶつかっては彼は「お父さん」などゝ呼び掛けたことも無い位いだった。互いにッとした顔をして、決して視線を合せなかった。――それが酔った場合になるとまるで親しい友達か何かのように盛んに喋り出すのだった。そうして翌日になるとガラリと打って変り何も知らぬ顔をしているのだった。「随分珍らしい親子だ、こんなのが他所にもあるかしら。」周子などは驚いて彼に云うのだった。
 彼が黙って茶を啜っているのを見て周子が、
「御飯直ぐあがる?」と云った。
 祖父の代には七草の朝は、皆な揃って早朝に起きて元日のように祝儀を述べた。それから代る代る神棚の下に座って、称へ言を云いながら台の上の七草をしゃもじで叩いた。――彼がうまれて間もなく父は外国に行き、彼が十三の時かえった。
 祖父は彼が十の時死んだ。
お父さんは如何? 七草粥。」彼が黙っているうちに周子がまた云った。
「御免だ。」
「少しでもあげなければいけないッて、お母さんがおっしゃって行きましたわ。」
「まア、いゝよ。」と云って父は腕組をした。
それから七草を爪につけないと指の怪我をするんですって。」
「お酒を持ってお出で。」と父が云った。
「あなたは?」周子は彼に訊ねた。
「今朝は厭だ。」彼は新聞を眺めた儘で云った。
「一杯飲むと反って気持が好くなるものだ。」父も新聞を眺めた儘、独白のように慌てゝ云った。彼は、聞えぬ振をしていた。
 周子が三本目の酒を持って来た頃には、父と彼はいつの間にか火鉢を挟んで大胡座で、大きな口をあけて笑ったりしていた。

  • 牧野信一 「熱海へ」
    初出:「新潮 第三十八巻第六号(六月号)」新潮社
       1923(大正12)年6月1日発行
    底本:「牧野信一全集第一巻」筑摩書房
       2002(平成14)年8月20日初版第1刷
    底本の親本:「父を売る子」新潮社
       1924(大正13)年8月6日発行
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Last updated : 2024/06/28