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= 目黒 千代ケ池/同 太鼓橋 夕日の岡=

《目黒 千代ケ池》
《翻刻》
目黒 千代ケ池  この書前編に 千代ヶ崎の真景を図したれど 紙中隘くて池に及ばす 故に今またその池の図を増補して出すのみ

《現代表記》
目黒めぐろ 千代ケ池ちよがいけ   このしょ前編ぜんぺんに、千代ヶ崎ちよがさき真景しんけいしたれど、紙中しちゅうせばくて池におよばず。ゆえに今またその池の図を増補ぞうほしていだすのみ。

*「この書前編に」とは、 第三編「千代ヶ崎風景」    のこと。
*広重は、名所江戸百景     でも「目黒千代か池」として同じ場所を描く。
漢字かな
*この地図の初期設定での中心点は千代ヶ池付近。初期設定の左の地図は関東平野迅速測図と呼ばれる地図で、明治前期の、明治13年〈1880年〉から明治19年〈1886年〉にかけての関東平野。
*説明は、などの意。
*万治は、1658年から1661年。
漢字かな
《其三 同 太鼓橋 夕日の岡》
《翻刻》
其三 同 太鼓橋 夕日の岡  江都にこの名の聞こえたるは 亀戸菅廟の社前にありて筑紫宰府を摸せりとか 爰は それとは縡変り 石橋にして他に異なる ただ 幽邃の地にありて普く人の知らざるは 実に工人の遺憾とせんか

《現代表記》
其三 同 太鼓橋たいこばし 夕日の岡ゆうひのおか   江都こうとにこのの聞こえたるは、亀戸菅廟かめどかんびょう社前しゃぜんにありて筑紫つくし宰府ざいふうつせりとか。ここは、それとはことわり、石橋せききょうにしてことなる。ただ、幽邃ゆうすいにありてあまねく人の知らざるは、工人こうじん遺憾いかんとせんか。

亀戸菅廟かめどかんびょうは、亀戸天神かめいどてんじんのこと。
亀戸かめどは、現在は「かめいど」と呼ばれる。
*説明は、などの意。
*万治は、1658年から1661年。
漢字かな
*この地図の初期設定での中心点は太鼓橋付近。初期設定の左の地図は関東平野迅速測図と呼ばれる地図で、明治前期の、明治13年〈1880年〉から明治19年〈1886年〉にかけての関東平野。

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Last updated : 2021/10/23