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地図で見る『東海道五十三次』  
『東海道五十三次』保永堂板  
『東海道五十三次』行書版  
『東海道五十三次』隷書版  
『東海道五十三次』佐野喜版・狂歌東海道  
  • この『東海道五十三次』は、浮世絵師・ 一立齋廣重 いちりゅうさいひろしげ 歌川広重 ( うたがわひろしげ ) 一世)(寛政9年(1797年) - 安政5年9月6日(1858年10月12日)が描いた「佐野喜版」と言われるものです。
  • 「佐野喜版」は、江戸時代の天保11年・1840年頃 に佐野屋喜兵衛(喜鶴堂)により出版されました。
  • 「東海道つつき繪(東海道続き絵)」「五十三次風景写真」とも記されています。
  • 狂歌が添えられているため「狂歌入東海道」「狂歌東海道」などとも呼ばれます。
  • ここに掲載した画像は国立国会図書館が所蔵し公開しているものです。
  • このページでは、画像を明るくするために当サイト独自の色彩補正を行っており、国立国会図書館が公開している原画とは色調が若干違います。

歌川広重うたがわひろしげ東海道とうかいどう五十三次ごじゅうさんつぎ
= 佐野喜版・狂歌入東海道・狂歌東海道 =
《 赤坂 》

鳴門静丸
双六すごろく
ともにふり出す
髭奴ひげやっこ
名を赤坂の
宿にとゞめて
《注》
  • 髭奴ひげやっこ」は、「赤坂奴」を指し、「赤坂奴」は、『江戸時代、挟箱・槍などを持って大名や旗本に仕えた若党・中間。江戸赤坂辺に住む者が多いことによる名とも、三河国赤坂の出身者で、江戸赤坂の地名は彼らが多く住んだためともいう』(大辞林)。
  • 旅を双六に喩え、「ふり」を、「賽子を振る」と舞踊の「奴振り」に掛ける。
《詳細ページ目次》
『歌川広重・東海道五十三次』
= 佐野喜版・狂歌入東海道・狂歌東海道 =

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Last updated : 2024/06/29