「書き終わり・結び」

 「書き終わり・結び」 <作家別・や行>

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  使い方と説明
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  • 主に明治・大正から昭和初期の作家の、日本文学を主とする著名な作品の「書き出し」と「書き終わり・結び」を収録しました。一部翻訳文も含まれます。
  • 詩集や、段などで書かれている作品は、初めの一編(一段、一作など)と最後の一編(一段、一作など)を「書き出し」「書き終わり・結び」として示しました。小説や随筆などにおける「書き出し」「書き終わり・結び」とはやや趣が異なります。
  • このページでは、『作家別・や行』の作品の「書き終わり・結び」、つまり作品の最後の部分を表示します。
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  • 「インターネット電子図書館 青空文庫 」からの引用がかなりの割合を占めます。引用したサイトがある場合、それぞれの作品の原文へのリンクを設けました。
1.八木重吉 「秋の瞳」  

柳も かるく

やなぎも かるく
春も かるく
赤い 山車だしには 赤い児がついて
青い 山車には 青い児がついて
柳もかるく
はるもかるく
けふの まつりは 花のようだ
2.八木重吉  「貧しき信徒」  

無題

夢の中の自分の顔と言うものを始めて見た
発熱がいくにちもつづいた夜
わたしはキリストを念じてねむった
一つの顔があらわれた
それはもちろん
現在の私の顔でもなく
おさない時の自分の顔でもなく
いつも心にえがいている
最も気高けだかい天使の顔でもなかった
それよりももっとすぐれた顔であった
その顔が自分の顔であるということはおのずから分った
顔のまわりは金色きんいろをおびた暗黒であった
翌朝よくちょうがさめたとき
別段熱はさがっていなかった
しかし不思議ふしぎに私の心は平らかだった
3.山村暮鳥 「ちるちる・みちる」  

ささげの秘曲

 朝露あさつゆが一めんにをりてゐました。ささげばたけでは、ささげがほそほそいあるかないかの銀線ぎんせんの、いな、むづかしくいふなら、永遠えいゑん刹那せつなきてもききたいやうなのでる樂器がくきに、そのこゑをあはせて、しきり小唄こうたをうたつてゐました。
 けさもまづしい病詩人びやうしじんがほれぼれとそれをきいてゐました。ほかのものの跫音あしをとがすると、ぴつたりむので、だれもそれをいたものはありません。
 そのうた――
どこにおちても俺等わしらへる
はなもさかせる
みもむすぶ
そしてまあ
なんてきれいな世界せかいだろ
4.横光利一 「機械」  

日夜彼のいる限り彼の暗室へ忍び込むのを一番注意して眺めていたのは私ではなかったか。いやそれより私の発見しつつある蒼鉛と珪酸ジルコニウムの化合物に関する方程式を盗まれたと思い込みいつも一番激しく彼を怨んでいたのは私ではなかったか。そうだ。もしかすると屋敷を殺害したのは私かもしれぬのだ。私は重クロム酸アンモニアの置き場を一番良く心得ていたのである。私は酔いの廻らぬまでは屋敷が明日からどこへいってどんなことをするのか彼の自由になってからの行動ばかりが気になってならなかったのである。しかも彼を生かしておいて損をするのは軽部よりも私ではなかったか。いや、もう私の頭もいつの間にか主人の頭のように早や塩化鉄に侵されてしまっているのではなかろうか。私はもう私が分らなくなって来た。私はただ近づいて来る機械の鋭い先尖せんせんがじりじり私を狙っているのを感じるだけだ。誰かもう私に代って私を審いてくれ。私が何をして来たかそんなことを私に聞いたって私の知っていよう筈がないのだから。

5.与謝野晶子 「君死にたまふことなかれ」  

暖簾のれんのかげに伏して泣く
あえかに若き新妻にひづま
君忘るるや、思へるや。
十月とつきも添はで別れたる
少女をとめごころを思ひみよ。
この世ひとりの君ならで
ああまたたれを頼むべき。
君死にたまふことなかれ。

6.吉川英治 「三国志 桃園の巻」  

「さてこそ」と、董卓は、怒気のみなぎった顔に、朱をそそいで云った。
「小才のきく奴と、日頃、恩をほどこして、目をかけてやった予の寵愛につけ上がり、予にそむくとは八ツ裂きにしても飽きたらん匹夫だ。李儒っ――」
「はっ」
「彼の人相服装を画かせ、諸国へ写しを配布して、厳重に布令をまわせ」
「承知しました」
「もし、曹操を生擒いけどってきた者あらば、万戸侯ばんここうに封じ、その首を丞相府に献じくる者には、千金の賞を与えるであろうと」
「すぐ手配しましょう」
 李儒が退がりかけると、
「待て。それから」と早口に、董卓はなお、言葉をつけ加えた。
「この細工は、思うに、白面郎の曹操一人だけの仕事ではなかろう。きっとほかにも、同謀の与類があるに相違ない」
「もちろんでしょう」
「なおもって、重大事だ。曹操への手配や追手にばかり気を取られずに一方、都下の与類をしらみつぶしに詮議して、引っ捕えたら拷問にかけろ」
「はっ、その辺も、抜かりなく急速に手を廻しましょう」
 李儒は大股に去って、捕囚庁ほしゅうちょう吏人やくにんを呼びあつめ、物々しい活動の指令を発していった。
7.吉川英治 「私本太平記 あしかが帖」  

 あくる朝。
「若殿。右馬介の部屋に、かような物がございましたが」
 と、小侍の一人が差出した。
 見ると、
 御拝借の書冊返上 若殿御直おじきへ。と上包みに書いてある。
 人なき折、解いてみると、書物の間には、国元の直義から右馬介あてに来た書簡二通と、また、彼自身の詫び状がはさんであった。
「……おお、弟直義も、いつかわしの胸を知っていたのか。右馬介といい、直義といい、そこまで、わしに同意だったか」
 読みつつ、彼はまた涙を新たにした。そして、涙にぬれた左の手頸をふと見入った。
 彼の手頸には、この五月以前にはなかったあざができていた。それは鎌倉中の人々にわらわれた日の記念だった。執権高時の愛犬“犬神”に咬まれた黒い歯型の痣なのである。
8.吉川英治 「鳴門秘帖 上方の巻」  

 臥龍がりょうに這った松の木に足をふみかけ、その丘の上から卍丸の船影を見下ろしていた武士がある。それは法月弦之丞であった。
「やがて見よ、阿波守」
 彼はこずえに手をかけながら、心のうちで声をあげた。
「いかに関を封じておくとも、弦之丞が、きっと一度は汝の領土を踏みにまいるぞ! うごかぬ証拠をつかみに行くのじゃ。――オオ、一度江戸表へ立ち帰った上に、改めて、阿波二十五万石の喉笛のどぶえへ、とどめを刺しに出なおそう!」
 見送っていると、その一刹那。
 どこからか、風を切ってきた妻白つまじろの矢が一本! 危なくも弦之丞の耳をかすって、ぷつん! と後ろの幹へ刺さった。
「さすがは重喜しげよし、油断なく自分の姿をもう見つけたか? ……」と、弦之丞も先の用意の周密なのに驚いて、矢柄やがらを見ると切銘きりめいにいわく、
 ――竹屋三藤原之有村ふじわらのありむら
 のどかな音頭に櫓拍子ろびょうしの声――そして朗らかにあわせるお国口調くにくちょうのお船歌ふなうたが、霧の秘密につつまれている秋の鳴門の海へ指してうすれて行った。
9.吉川英治 「宮本武蔵 地の巻」  

 今だ。――去るならば。
 武蔵の心が、武蔵を打つ。
 だが、彼のまぶたには、今のお通の白い笑靨が――あの哀れっぽいような愛くるしいような眸が――体を縛りつけていた。
 いじらしい! あれまでに自分を慕ってくれるものが、姉以外にこの天地にあろうとは思えない。
 しかも決して、嫌いではないお通である。
 空を見――水を見――武蔵は悶々と橋の欄干を抱いていた。迷っていた。そのうちに、ひじも顔も乗せかけているその欄干から、何をしているのか、白い木屑が、ボロボロこぼれ落ちては、行く水に流れて行った。

 浅黄の脚絆きゃはんに、新しいわらじを穿いて、市女笠いちめがさの紅いあぎとに結んでいる。それがお通の顔によく似あう。
 だが――
 武蔵はすでに其処にはいなかったのであった。
「あらっ」
 彼女はおろおろ泣き声して叫んだ。
 さっき武蔵がたたずんでいたあたりには、木屑が散りこぼれていた。ふと欄干の上を見ると、小柄こづかで彫った文字のあとが、唯こう白々と残されていた。
ゆるしてたもれ
ゆるしてたもれ

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Last updated : 2022/11/22