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■ 使い方と説明
- 下の枠の番号や作家名、作品名などをクリックすると、表示されている作家の作品が出たり消えたりします。
- 主に明治・大正から昭和初期の作家の、日本文学を主とする著名な作品の「書き出し」と「書き終わり・結び」を収録しました。一部翻訳文も含まれます。
- 詩集や、段などで書かれている作品は、初めの一編(一段、一作など)と最後の一編(一段、一作など)を「書き出し」「書き終わり・結び」として示しました。小説や随筆などにおける「書き出し」「書き終わり・結び」とはやや趣が異なります。
- このページでは、『作家別・や行』の作品の「書き出し」、つまり作品の最初の部分を表示します。
- 「書き終わり・結び」は別のページで見ることができます。「書き終わり・結びを見る」をクリックしてください。
- 「インターネット電子図書館 青空文庫 」からの引用がかなりの割合を占めます。引用したサイトがある場合、それぞれの作品の原文へのリンクを設けました。
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1.八木重吉 「秋の瞳」
息を 殺せ
息を ころせ
いきを ころせ
あかんぼが 空を みる
ああ 空を みる
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2.八木重吉 「貧しき信徒」
母の
瞳
ゆうぐれ
瞳をひらけば
ふるさとの母うえもまた
とおくみひとみをひらきたまいて
かわゆきものよといいたもうここちするなり
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3.山村暮鳥 「ちるちる・みちる」
海の話
或る 農村にびんぼうなお 百姓がありました。びんぼうでしたが 深切で 仲の 善い、 家族でした。そこの 鴨居にことしも 燕が 巣をつくつてそして四五 羽の 雛をそだててゐました。
その 日は 朝から 雨がふつてゐました。
巣の 中で、 胸毛にふかく 頸をうづめた 母燕が 眠るでもなく 目をつぶつてじつとしてゐると 雛の一つがたづねました。
「 母ちやん、 何してるの。え、どうしたの」
と、しんぱいして。
「どうもしやしません。 母ちやんはね。いま 考え 事をしてゐたの」
すると、 他の 雛が
「かんがえごとつて 何」
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4.横光利一 「機械」
初めの間は私は私の家の主人が狂人ではないのかとときどき思った。観察しているとまだ三つにもならない彼の子供が彼をいやがるからといって親父をいやがる法があるかといって怒っている。畳の上をよちよち歩いているその子供がばったり倒れるといきなり自分の細君を殴りつけながらお前が番をしていて子供を倒すということがあるかという。見ているとまるで喜劇だが本人がそれで正気だから反対にこれは狂人ではないのかと思うのだ。少し子供が泣きやむともう直ぐ子供を抱きかかえて部屋の中を馳け廻っている四十男。この主人はそんなに子供のことばかりにかけてそうかというとそうではなく、凡そ何事にでもそれほどな無邪気さを持っているので自然に細君がこの家の中心になって来ているのだ。
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5.与謝野晶子 「君死にたまふことなかれ」
(旅順の攻囲軍にある弟宗七を歎きて)
ああ、弟よ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ、
末に生れし君なれば
親のなさけは 勝りしも、
親は 刄をにぎらせて
人を殺せと教へしや、
人を殺して死ねよとて
廿四までを育てしや。
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6.吉川英治 「三国志 桃園の巻」
後漢の 建寧元年のころ。
今から約千七百八十年ほど前のことである。
一人の旅人があった。
腰に、一剣を 佩いているほか、身なりはいたって見すぼらしいが、 眉は 秀で、 唇は 紅く、とりわけ 聡明そうな 眸や、 豊かな頬をしていて、つねにどこかに微笑をふくみ、総じて 賤しげな 容子がなかった。
年の頃は二十四、五。
草むらの中に、ぽつねんと坐って、膝をかかえこんでいた。
悠久と水は行く――
微風は 爽やかに 鬢をなでる。
涼秋の八月だ。
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7.吉川英治 「私本太平記 あしかが帖」
まだ除夜の鐘には、すこし間がある。
とまれ、ことしも 大晦日まで無事に暮れた。だが、あしたからの来る年は。
洛中の耳も、 大極殿のたたずまいも、やがての鐘を、偉大な予言者の声にでも 触れるように、霜白々と、待ち冴えている。
洛内四十八ヵ所の 篝屋の火も、つねより明々と辻を照らし、淡い 夜靄をこめた 巽の空には、羅生門の 甍が、夢のように浮いて見えた。そこの楼上などには、いつも絶えない浮浪者の群れが、あすの元日を待つでもなく、 飢えおののいていたかもしれないが、しかし、とにかく泰平の 恩沢ともいえることには、そこらの篝番の小屋にも、町なかの灯にも、総じて、酒の香がただよっていた。都の夜靄は酒の匂いがするといってもいいほど、まずは穏やかな年越しだった。
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8.吉川英治 「鳴門秘帖 上方の巻」
安治川尻に浪が立つのか、寝しずまった町の上を、しきりに 夜鳥が越えて行く。
びッくりさせる、 不粋なやつ、ギャーッという五 位鷺の声も時々、――妙に 陰気で、うすら寒い 空梅雨の晩なのである。
起きているのはここ一軒。青いものがこんもりした 町角で、横一窓の 油障子に、ボウと黄色い明りが 洩れていて、サヤサヤと 縞目を 描いている柳の糸。軒には、「 堀川会所」とした三尺札が下がっていた。
と、中から、その戸を開けて踏み出しながら――
「 辻斬りが多い、気をつけろよ」
見廻り四、五人と町役人、 西奉行所の 提灯を先にして、ヒタヒタと向うの辻へ消えてしまった。
あとは時折、切れの悪い 咳払いが中からするほか、いよいよ世間 森としきった時分。
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9.吉川英治 「宮本武蔵 地の巻」
――どうなるものか、この天地の大きな動きが。
もう人間の個々の振舞いなどは、秋かぜの中の一片の木の葉でしかない。なるようになッてしまえ。
武蔵は、そう思った。
屍と屍のあいだにあって、彼も一個の屍かのように横たわったまま、そう観念していたのである。
「――今、動いてみたッて、仕方がない」
けれど、実は、体力そのものが、もうどうにも動けなかったのである。武蔵自身は、気づいていないらしいが、体のどこかに、二つ三つ、 銃弾が入っているに違いなかった。
ゆうべ。――もっと詳しくいえば、慶長五年の九月十四日の 夜半から明け方にかけて、この関ヶ原地方へ、土砂ぶりに大雨を落した空は、今日の 午すぎになっても、まだ低い密雲を 解かなかった。そして 伊吹山の背や、 美濃の連山を去来するその黒い迷雲から時々、サアーッと四里四方にもわたる白雨が激戦の跡を洗ってゆく。
その雨は、 武蔵の顔にも、そばの死骸にも、ばしゃばしゃと落ちた。武蔵は、鯉のように口を開いて、鼻ばしらから垂れる雨を舌へ吸いこんだ。
―― 末期の水だ。
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Last updated : 2024/06/28