「書き出し」

 「書き出し」 <作家別・た行>

『た行』の「書き終わり・結び」を見る
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  使い方と説明
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  • 主に明治・大正から昭和初期の作家の、日本文学を主とする著名な作品の「書き出し」と「書き終わり・結び」を収録しました。一部翻訳文も含まれます。
  • 詩集や、段などで書かれている作品は、初めの一編(一段、一作など)と最後の一編(一段、一作など)を「書き出し」「書き終わり・結び」として示しました。小説や随筆などにおける「書き出し」「書き終わり・結び」とはやや趣が異なります。
  • このページでは、『作家別・た行』の作品の「書き出し」、つまり作品の最初の部分を表示します。
  • 「書き終わり・結び」は別のページで見ることができます。「書き終わり・結びを見る」をクリックしてください。
  • 「インターネット電子図書館 青空文庫 」からの引用がかなりの割合を占めます。引用したサイトがある場合、それぞれの作品の原文へのリンクを設けました。
1.太宰治 「ヴィヨンの妻」  

 あわただしく、玄関をあける音が聞えて、私はその音で、眼をさましましたが、それは泥酔の夫の、深夜の帰宅にきまっているのでございますから、そのまま黙って寝ていました。
 夫は、隣の部屋に電気をつけ、はあっはあっ、とすさまじく荒い呼吸をしながら、机の引出しや本箱の引出しをあけてきまわし、何やら捜している様子でしたが、やがて、どたりと畳に腰をおろして坐ったような物音が聞えまして、あとはただ、はあっはあっという荒い呼吸ばかりで、何をしている事やら、私が寝たまま、
「おかえりなさいまし。ごはんは、おすみですか? お戸棚に、おむすびがございますけど」
 と申しますと、
「や、ありがとう」といつになく優しい返事をいたしまして、「坊やはどうです。熱は、まだありますか?」とたずねます。
2.太宰治 「斜陽」  

 朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、
「あ」
 とかすかな叫び声をお挙げになった。
「髪の毛?」
 スウプに何か、イヤなものでも入っていたのかしら、と思った。
「いいえ」
 お母さまは、何事も無かったように、またひらりと一さじ、スウプをお口に流し込み、すましてお顔を横に向け、お勝手の窓の、満開の山桜に視線を送り、そうしてお顔を横に向けたまま、またひらりと一さじ、スウプを小さなお唇のあいだに滑り込ませた。
3.太宰治 「津軽」  

本編



一 巡礼


「ね、なぜ旅に出るの?」
「苦しいからさ。」
「あなたの(苦しい)は、おきまりで、ちつとも信用できません。」
「正岡子規三十六、尾崎紅葉三十七、斎藤緑雨三十八、国木田独歩三十八、長塚節三十七、芥川龍之介三十六、嘉村礒多三十七。」
「それは、何の事なの?」
「あいつらの死んだとしさ。ばたばた死んでゐる。おれもそろそろ、そのとしだ。作家にとつて、これくらゐの年齢の時が、一ばん大事で、」
「さうして、苦しい時なの?」
「何を言つてやがる。ふざけちやいけない。お前にだつて、少しは、わかつてゐる筈たがね。もう、これ以上は言はん。言ふと、気障きざになる。おい、おれは旅に出るよ。」
 私もいい加減にとしをとつたせゐか、自分の気持の説明などは、気障な事のやうに思はれて、(しかも、それは、たいていありふれた文学的な虚飾なのだから)何も言ひたくないのである。
 津軽の事を書いてみないか、と或る出版社の親しい編輯者に前から言はれてゐたし、私も生きてゐるうちに、いちど、自分の生れた地方の隅々まで見て置きたくて、或る年の春、乞食のやうな姿で東京を出発した。
4.太宰治 「人間失格」  

 私は、その男の写真を三葉、見たことがある。
 一葉は、その男の、幼年時代、とでも言うべきであろうか、十歳前後かと推定される頃の写真であって、その子供が大勢の女のひとに取りかこまれ、(それは、その子供の姉たち、妹たち、それから、従姉妹いとこたちかと想像される)庭園の池のほとりに、荒い縞のはかまをはいて立ち、首を三十度ほど左に傾け、醜く笑っている写真である。醜く? けれども、鈍い人たち(つまり、美醜などに関心を持たぬ人たち)は、面白くも何とも無いような顔をして、
「可愛い坊ちゃんですね」
 といい加減なお世辞を言っても、まんざらからお世辞に聞えないくらいの、わば通俗の「可愛らしさ」みたいな影もその子供の笑顔に無いわけではないのだが、しかし、いささかでも、美醜に就いての訓練を経て来たひとなら、ひとめ見てすぐ、
「なんて、いやな子供だ」
 とすこぶる不快そうにつぶやき、毛虫でも払いのける時のような手つきで、その写真をほうり投げるかも知れない。
5.太宰治 「走れメロス」  

 メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれたのシラクスの市にやって来た。メロスには父も、母も無い。女房も無い。十六の、内気な妹と二人暮しだ。
6.太宰治 「パンドラの匣」  

 君、思い違いしちゃいけない。ぼくは、ちっとも、しょげてはいないのだ。君からあんな、なぐさめの手紙をもらって、僕はまごついて、それから何だか恥ずかしくて赤面しました。妙に落ちつかない気持でした。こんな事を言うと、君は怒るかも知れないけれど、僕は君の手紙を読んで、「古いな」と思いました。君、もうすでに新しい幕がひらかれてしまっているのです。しかも、われらの先祖のいちども経験しなかった全然あたらしい幕が。
7.太宰治 「富嶽百景」  

 富士の頂角、広重ひろしげの富士は八十五度、文晁ぶんてうの富士も八十四度くらゐ、けれども、陸軍の実測図によつて東西及南北に断面図を作つてみると、東西縦断は頂角、百二十四度となり、南北は百十七度である。広重、文晁に限らず、たいていの絵の富士は、鋭角である。いただきが、細く、高く、華奢きやしやである。
8.田山花袋 「蒲団」  

 小石川の切支丹坂きりしたんざかから極楽水ごくらくすいに出る道のだらだら坂を下りようとしてかれは考えた。「これで自分と彼女との関係は一段落を告げた。三十六にもなって、子供も三人あって、あんなことを考えたかと思うと、馬鹿々々しくなる。けれど……けれど……本当にこれが事実だろうか。あれだけの愛情を自身に注いだのは単に愛情としてのみで、恋ではなかったろうか」
 数多い感情ずくめの手紙──二人の関係はどうしても尋常ではなかった。妻があり、子があり、世間があり、師弟の関係があればこそあえはげしい恋に落ちなかったが、語り合う胸のとどろき、相見る眼の光、その底には確かにすさまじい暴風あらしが潜んでいたのである。
9.徳田秋声 「仮装人物」  

 庸三ようぞうはその後、ふとしたことから踊り場なぞへ入ることになって、クリスマスの仮装舞踏会へも幾度か出たが、ある時のダンス・パアティの幹事から否応いやおうなしにサンタクロオスの仮面をかぶせられて当惑しながら、煙草たばこを吸おうとしてめんからあごを少し出して、ふとマッチをると、その火がひげの綿毛に移って、めらめらと燃えあがったことがあった。その時も彼は、これからここにたたき出そうとする、心のしわのなかの埃塗ほこりまぶれの甘い夢や苦いしる古滓ふるかすについて、人知れずそのころの真面目まじめくさい道化姿をおもい出させられて、苦笑せずにはいられなかったくらい、扮飾ふんしょくされ歪曲わいきょくされた――あるいはそれが自身の真実の姿だかも知れない、どっちがどっちだかわからない自身を照れくさく思うのであった。
10.徳田秋声 「黴」  

 笹村ささむらが妻の入籍を済ましたのは、二人のなかにうまれた幼児の出産届と、ようやく同時くらいであった。
 家を持つということがただ習慣的にしか考えられなかった笹村も、そのころ半年たらずの西の方の旅から帰って来ると、これまで長いあいだいやいや執着していた下宿生活のさびれたさまが、一層明らかに振りかえられた。あっちこっち行李こうりを持ち廻って旅している間、笹村の充血したような目に強く映ったのは、若い妻などを連れて船へ入り込んで来る男であった。
11.徳冨蘆花 「不如帰(ほととぎす)」  

 上州じょうしゅう伊香保千明いかほちぎらの三階の障子しょうじ開きて、夕景色ゆうげしきをながむる婦人。年は十八九。品よき丸髷まげに結いて、草色のひもつけし小紋縮緬こもんちりめん被布ひふを着たり。
 色白の細面ほそおもてまゆあわいややせまりて、ほおのあたりの肉寒げなるが、きずといわば疵なれど、瘠形やさがたのすらりとしおらしき人品ひとがら。これや北風ほくふうに一輪つよきを誇る梅花にあらず、またかすみの春に蝴蝶こちょうと化けて飛ぶ桜の花にもあらで、夏の夕やみにほのかににおう月見草、と品定めもしつべき婦人。

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Last updated : 2019/05/15