著名作品の「書き出し」と「書き終わり・結び」 |
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「書き終わり・結び」 |
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・文字をクリックすると、説明や文章が出たり消えたりします。 |
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・主に明治・大正から昭和初期の作家の、日本文学を主とする著名な作品の「書き出し」と「書き終わり・結び」を収録しました。一部翻訳文も含まれます。 ・詩集や、段などで書かれている作品は、初めの一編(一段、一作など)と最後の一編(一段、一作など)を「書き出し」「書き終わり・結び」として示しました。小説や随筆などにおける「書き出し」「書き終わり・結び」とはやや趣が異なります。 ・このページでは、『作家別・ま行』の作品の「書き終わり・結び」、つまり作品の最後の部分を表示します。 ・「書き出し」は別のページで見ることができます。「書き出しを見る」をクリックして下さい。 ・「インターネット電子図書館 青空文庫 」からの引用がかなりの割合を占めます。引用したサイトがある場合、それぞれの作品の原文へのリンクを設けました。 ・研究や学習にお使いの際は、辞典・専門書などでご確認下さい。 |
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いろいろ言ひたきまま取り集めて申上候。なほ他日 (明治三十一年三月四日)
オツベルはいつかどこかで、こんな文句をきいたようだと思いながら、ケースを帯からつめかえた。そのうち、象の片脚が、塀からこっちへはみ出した。それからも一つはみ出した。五匹の象が一ぺんに、塀からどっと落ちて来た。オツベルはケースを握ったまま、もうくしゃくしゃに潰(つぶ)れていた。早くも門があいていて、グララアガア、グララアガア、象がどしどしなだれ込む。 「牢(ろう)はどこだ。」みんなは小屋に押し寄せる。丸太なんぞは、マッチのようにへし折られ、あの白象は大へん瘠(や)せて小屋を出た。 「まあ、よかったねやせたねえ。」みんなはしずかにそばにより、鎖と銅をはずしてやった。 「ああ、ありがとう。ほんとにぼくは助かったよ。」白象はさびしくわらってそう云った。 おや〔一字不明〕、川へはいっちゃいけないったら。 「いいえ、おとうさんが会社から電報で呼ばれたのです。おとうさんはもいちどちょっとこっちへ戻られるそうですが、高田さんはやっぱり向こうの学校にはいるのだそうです。向こうにはおかあさんもおられるのですから。」 「 「ここのモリブデンの鉱脈は当分手をつけないことになったためなそうです。」 「そうだないな。やっぱりあいづは風の又三郎だったな。」嘉助が高く叫びました。 宿直室のほうで何かごとごと鳴る音がしました。先生は赤いうちわをもって急いでそっちへ行きました。 二人はしばらくだまったまま、相手がほんとうにどう思っているか探るように顔を見合わせたまま立ちました。 風はまだやまず、窓ガラスは雨つぶのために曇りながら、またがたがた鳴りました。 「どうしたのかなあ、ぼくには そう ジョバンニはもういろいろなことで それから三日の後、火山局の船が、カルボナード島へ急いで行きました。そこへいくつものやぐらは建ち、電線は連結されました。 すっかりしたくができると、ブドリはみんなを船で帰してしまって、じぶんは一人島に残りました。 そしてその次の日、イーハトーヴの人たちは、青ぞらが緑いろに濁り、日や月が けれどもそれから三四日たちますと、気候はぐんぐん暖かくなってきて、その秋はほぼ普通の作柄になりました。そしてちょうど、このお話のはじまりのようになるはずの、たくさんのブドリのおとうさんやおかあさんは、たくさんのブドリやネリといっしょに、その冬を暖かいたべものと、明るい 「さあ、ここらの雪をちらしておくれ。」 雪狼どもは、たちまち後足で、そこらの雪をけたてました。風がそれをけむりのように飛ばしました。 かんじきをはき毛皮を着た人が、村の方から急いでやってきました。 「もういいよ。」雪童子は子供の赤い 「お父さんが来たよ。もう眼をおさまし。」雪わらすはうしろの丘にかけあがって一本の雪けむりをたてながら叫びました。子どもはちらっとうごいたようでした。そして毛皮の人は一生けん命走ってきました。 ゴーシュは思いました。ところが楽長は立って云いました。 「ゴーシュ君、よかったぞお。あんな曲だけれどもここではみんなかなり本気になって聞いてたぞ。一週間か十日の間にずいぶん仕上げたなあ。十日前とくらべたらまるで赤ん坊と兵隊だ。やろうと思えばいつでもやれたんじゃないか、君。」 仲間もみんな立って来て「よかったぜ」とゴーシュに云いました。 「いや、からだが丈夫だからこんなこともできるよ。 その晩 そしてまた水をがぶがぶ 「ああかっこう。あのときはすまなかったなあ。おれは怒ったんじゃなかったんだ。」と云いました。 「にゃあお、くゎあ、ごろごろ。」という声がして、それからがさがさ鳴りました。 室はけむりのように消え、二人は寒さにぶるぶるふるえて、草の中に立っていました。 見ると、上着や 犬がふうとうなって そしてうしろからは、 「 二人は 「おおい、おおい、ここだぞ、早く来い。」と叫びました。 そこで二人はやっと安心しました。 そして猟師のもってきた しかし、さっき一ぺん紙くずのようになった二人の顔だけは、東京に帰っても、お湯にはいっても、もうもとのとおりになおりませんでした。 思いなしかその死んで凍えてしまった小十郎の顔はまるで生きてるときのように けれども、どうぞ憎まないでおくれ。私はきっと今に何か捕える。どんなに小さいものでもお互に喜ぶことの出来るものを見つける。どうぞそれまで待っておくれ。達者で働いておくれ! 私の悲しい親友よ! 私は泣きながらでも勉強する。一生懸命に励む。そして、今死のうというときにでも好いから、ほんとうに打ちとけた、心置きない私とお前達が微笑み合うことが出来たらどんなに嬉しかろう! どんなにお天道様はおよろこびなさるか? 私の大好きな、私を育てて下さるお天道様はどんなに、「よしよし」と云って下さるか! あの好いお天道様が。…… 善馬鹿の死骸は夜になってから見つかった。 隣村の端れの沼に犬を抱いて彼は溺れていた。 沢山の小海老(こえび)の行列が、延びた髪の毛の間を、出たり入ったりしていたという。 と言い、それを伝えたが、姫君はものも言われないふうであるのに、尼君は失望して、 「ただこんなようにたよりないふうでおいでになったと御報告をなさるほかはありますまい。はるかに雲が隔てるというほどの山でもないのですから、山風は吹きましてもまた必ずお立ち寄りくださるでしょう」 と 大将は少年の帰りを今か今かと思って待っていたのであったが、こうした要領を得ないふうで帰って来たのに失望し、その人のために持つ悲しみはかえって深められた気がして、いろいろなことも想像されるのであった。だれかがひそかに恋人として置いてあるのではあるまいかなどと、あのころ恨めしいあまりに 阿部一族の死骸は井出の口に引き出して、吟味せられた。白川で一人一人の創を洗ってみたとき、柄本又七郎の槍に胸板をつき抜かれた弥五兵衛の創は、誰の受けた創よりも立派であったので、又七郎はいよいよ面目を施した。 大正二年一月 厨子王恋しや、ほうやれほ。 鳥も生あるものなれば、 疾う疾う逃げよ、逐わずとも。 正道はうっとりとなって、この詞に聞き惚れた。そのうち臓腑が煮え返るようになって、獣めいた叫びが口から出ようとするのを、歯を食いしばってこらえた。たちまち正道は縛られた縄が解けたように垣のうちへ駆け込んだ。そして足には粟の穂を踏み散らしつつ、女の前に俯伏した。右の手には守本尊を捧げ持って、俯伏したときに、それを額に押し当てていた。 女は雀でない、大きいものが粟をあらしに来たのを知った。そしていつもの詞を唱えやめて、見えぬ目でじっと前を見た。そのとき干した貝が水にほとびるように、両方の目に潤いが出た。女は目があいた。 「厨子王」という叫びが女の口から出た。二人はぴったり抱き合った。 大正四年一月 次第にふけてゆくおぼろ夜に、沈黙の人 |
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