『浮世絵・錦絵』 などを見る「目次」 

絵本江戸土産えほんえどみやげ・くずし字を読む
= 富ケ岡八幡宮/其二 同所 山開 =

《富ケ岡八幡宮》
《翻刻》
富ケ岡八幡宮  この宮居 始めは砂村の海浜 俚俗元八幡と唱る地にありしを 寛永の頃 長盛法印といふもの 示現によりてここにうつす 深川の総鎮守にして祭礼八月十五日 四時の群参たゆる時なし

《現代表記》
富ケ岡八幡宮とみがおかはちまんぐう  この宮居みやいはじめは砂村すなむら海浜かいひん俚俗りぞく元八幡もとはちまんとなうなる地にありしを、寛永かんえいの頃、長盛ながもり法印ほういんというもの、示現じげん によりてここにうつす。 深川ふかがわ総鎮守そうちんじゅにして祭礼さいれい八月十五日。四時しいじ群参ぐんさんたゆるときなし。

*原文での「始めは」は、現代表記では「初めは」とした。
*四時(しじ・しいじ)は、四季のこと。
*寛永は、1624年から1645年。
漢字かな
《其二 同所 山開》
《翻刻》
其二 同所 山開 富が岡の別当の園中 景色いたつてよし 常には見することなし 年々山開きの時にあたりて縦に遊観せしむ

《現代表記》
其二 同所 山開 富が岡の別当べっとう園中えんちゅう景色けいしょくいたってよし。常には見することなし。年々としどし山開きの時にあたりて、ほしいまま遊観ゆうかんせしむ。

*富岡八幡宮は、第九編での「深川八幡 富士」でも描かれる。第九編「深川八幡 富士」   (第九編の絵は広重二代)
*広重は、名所江戸百景     で「深川八まん山ひらき」として富岡八幡宮を描く。
漢字かな
*四時(しいじ)は、四季などの意。
*寛永は、1624年から1645年。
*この地図の初期設定での中心点は富岡八幡宮付近。初期設定の左の地図は関東平野迅速測図と呼ばれる地図で、明治前期の、明治13年〈1880年〉から明治19年〈1886年〉にかけての関東平野。

おすすめサイト・関連サイト…

Last updated : 2024/06/29