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絵本江戸土産(えほんえどみやげ)・くずし字を読む
= 雑司ヶ谷 鬼子母神 法明寺 =

《雑司ヶ谷 鬼子母神 法明寺》
《翻刻》
雑司ヶ谷 鬼子母神 法明寺  この神出現の地は護国寺より坤にあたり 清土といへる所の叢に小さき祠ありて 始めその処に祀れりとぞ この神 霊験新なる中に 孩児を守り給ふ故に 乳なき婦人ここに祈りてことごとく霊応あり 毎年十月会式のとき 殊に賑ふ 別当大行院これを護持す

《現代表記》
雑司ヶ谷(ぞうしがや) 鬼子母神(きしぼじん) 法明寺(ほうみょうじ)  この神出現の地は護国寺(ごこくじ)より坤にあたり、清土(せいど)といえる所の叢(くさむら)に小さき祠(ほこら)ありて、初めその処(ところ)に祀(まつ)れりとぞ。この神(かみ)、霊験(れいげん)新(あらた)なる中に、孩児(がいじ)を守り給う故に、乳(ちち)なき婦人(ふじん)ここに祈りてことごとく霊応(れいおう)あり。毎年(まいねん)十月会式(えしき)のとき、殊(こと)に賑(にぎわ)う。別当(べっとう)大行院(だいぎょういん)これを護持(ごじ)す。

*原文での「始め」は、現代表記では「初め」とした。
*孩児(がいじ)は、幼児、おさなご、みどりごのこと。
*説明は、などの意。
*万治は、1658年から1661年。
漢字(かな)
*この地図の初期設定での中心点は法明寺付近。初期設定の左の地図は関東平野迅速測図と呼ばれる地図で、明治前期の、明治13年〈1880年〉から明治19年〈1886年〉にかけての関東平野。
*法明寺から南に少し離れた所に、鬼子母神堂が確認できる。

Last updated : 2025/12/26