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絵本江戸土産(えほんえどみやげ)・くずし字を読む
= 猿若町 =

《猿若町》
《翻刻》
猿若町  むかし、堺町 ふきや町 及び木挽町に在し三座の歌舞伎 天保十三年この所へ移され 地名を猿若町と号て三町あり 一丁めは中むら勘三郎 二丁めは市村羽左衛門 三丁めは河原崎権之助 この外操座あり 早春より年の尾に至り 六換の興行 人の山をなし 櫓太鼓の音絶ず はんじょう以前に十倍せり

《現代表記》
猿若町(さるわかまち)  むかし、堺町(さかいちょう)、ふきや町(ちょう)、及び木挽町(こびきちょう)に在(あり)し三座(さんざ)の歌舞伎(かぶき)、天保(てんぽう)十三年この所へ移され、地名(ちめい)を猿若町(さるわかまち)と号(なずけ)て三町あり。一丁めは中村勘三郎(なかむらかんざぶろう)、二丁めは市村羽左衛門(いちむらうざえもん)、三丁めは河原崎権之助(かわらざきごんのすけ)、この外(ほか)操座(あやつりざ)あり。早春(そうしゅん)より年の尾(お)に至り、六換(むかわり)の興行(こうぎょう)、人の山をなし、櫓太鼓(やぐらだいこ)の音(おと)絶えず、はんじょう以前(いぜん)に十倍(じゅうばい)せり。

*猿若町(さるわかまち・さるわかちょう)は、現在の東京都台東区北東部、浅草6丁目あたりの旧地名。
*ふきや町は、葺屋町。
*江戸三座(猿若三座)は、中村座、市村座、河原崎座(森田座)。
*年の尾は、一年の終わり頃、年の暮れの意。
*天保十三年は、1842年

*広重は、名所江戸百景     で「猿わか町よるの景」を描く。
*説明は、などの意。
*万治は、1658年から1661年。
漢字(かな)
*この地図の初期設定での中心点は猿若町付近。初期設定の左の地図は関東平野迅速測図と呼ばれる地図で、明治前期の、明治13年〈1880年〉から明治19年〈1886年〉にかけての関東平野。

Last updated : 2025/12/26