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絵本江戸土産(えほんえどみやげ)・くずし字を読む
= 関口上水端 芭蕉庵 椿山 =

《関口上水端 芭蕉庵 椿山》
《翻刻》
関口上水端 芭蕉庵 椿山  関口というは この書前の編に図したる井の頭の池より東都へひく上水の別れ口にて 一は上水に入り 餘水は江戸川へ落る 本字堰口に作るべし させる風景の地ならずといへども 水に望み廣野に望みて 只管閑雅の地なるにより 俳諧者流この菴を作り会合して風流に遊ぶ

《現代表記》
関口上水端(せきぐちじょうすいばた) 芭蕉庵(ばしょうあん) 椿山(つばきやま)   関口(せきぐち)というは、この書(しょ)前(まえ)の編(へん)に図(かずな)したる井の頭の池(いのがしらのいけ)より東都(とうと)へひく上水(じょうすい)の別(わか)れ口(ぐち)にて、一(いつ)は上水(じょうすい)に入(い)り、余水(よすい)は江戸川(えどがわ)へ落(おつ)る。本字(ほんじ)堰口(せきぐち)に作るべし。させる風景(ふうけい)の地(ち)ならずといえども、水に望(のぞ)み広野(こうや)に望(のぞ)みて、只管(ひたすら)閑雅(かんが)の地なるにより、俳諧者流(はいかいしゃりゅう)この菴(いお)を作(つく)り会合(かいごう)して風流(ふううりゅう)に遊(あそ)ぶ。

*者流(しゃりゅう)は、仲間の者の意。ここでは俳諧仲間のこと。
*広重は、名所江戸百景     でも「せき口上水端はせを庵椿やま」として同じ場所を描く。
*説明は、などの意。
*万治は、1658年から1661年。
漢字(かな)
*この地図の初期設定での中心点は芭蕉庵付近。初期設定の左の地図は関東平野迅速測図と呼ばれる地図で、明治前期の、明治13年〈1880年〉から明治19年〈1886年〉にかけての関東平野。

Last updated : 2025/12/26