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絵本江戸土産(えほんえどみやげ)・くずし字を読む
= 八景坂 鎧懸松 =

《八景坂 鎧懸松》
《翻刻》
八景坂 鎧懸松  木原山にあり 此辺の絶景八つ見ゆるをもて名とせり むかし 八幡太郎義家朝臣奥州征伐のとき 鎧をかけ給ふといふ この松 六七丈に及びぬれど 枝をたれて地より四五尺を隔つあり 尤たぐひ稀なるべし かかる大樹なれども動かすときは枝葉供に震ふ 因て震松とも名づく

《現代表記》
八景坂(はっけいざか) 鎧懸松(よろいかけまつ)  木原山(きはらやま)にあり、此(こ)の辺(へん)の絶景(ぜっけい)八つ見ゆるをもて名とせり。むかし、八幡太郎義家朝臣(はちまんたろうよしいえたろうあそん)奥州(おうしゅう)征伐(せいばつ)のとき、鎧(よろい)をかけ給うという。この松、六七丈に及びぬれど、枝をたれて地より四五尺を隔(へだ)つあり。尤(もっとも)たぐい稀(まれ)なるべし。かかる大樹(たいじゅ)なれども動かすときは枝葉(えだは)供(とも)に震(ふる)う。因(よ)って震松(ふるいまつ)とも名づく。

*広重は、名所江戸百景     でも「八景坂鎧掛松」を描く。
*説明は、などの意。
*万治は、1658年から1661年。
漢字(かな)
*この地図の初期設定での中心点は八景坂付近。初期設定の左の地図は関東平野迅速測図と呼ばれる地図で、明治前期の、明治13年〈1880年〉から明治19年〈1886年〉にかけての関東平野。

Last updated : 2025/12/26