雑節 など
= 節分、彼岸、入梅、土用など =

  • 二十四節気以外で季節の節目を表わすものを「雑節」といいます。
  • 国立天文台によれば、雑節ということばが暦に登場するのは「明治20年暦」からとされます。
  • 「明治20年暦」に見られる雑節は、節分、八十八夜、入梅、半夏生、二百十日、土用、彼岸、社日の八つで、土用は年に四回、彼岸と社日はそれぞれ二回となっています。
  • このページでは、中元、盂蘭盆、二百二十日、元日、寒の入りなど、雑節以外の季節に関わる日も掲載しました。
  • 毎年の雑節(節分、彼岸、土用、八十八夜、入梅、半夏生、二百十日)は、こちらで確認   することができます。
  •  指定した年の土用と、土用の丑の日   を調べることができます。
名称
日にち
(新暦)
意味・由来など

節分

せつぶん

2月3日頃

 立春の前の日をいいます。冬と春の分かれ目で、翌日から暦の上での春を迎えます。豆を撒いてけがれを清め、前年の厄払やくばらいをし、ヒイラギの枝にイワシの頭を刺して軒先に飾り、家の中にわざわいが入り込むのを防ぐ行事があります。歳の数だけ豆を食べると、一年間、無事でいられるという言い伝えもあります。
「節分」は春夏秋冬の季節の変わり目ごとにありますが、立春は太陰太陽暦の正月に近く、特に重要視されて、今では「節分」といえば立春の前の日を指すようになりました。

 この日の夜に、恵方と呼ばれる方角に向かって太巻きを丸かじりする風習が関西から広まり、全国で行われるようになっています。その巻き寿司が「恵方巻き」「恵方寿司」などと呼ばれます。

季節の分かれめのことで、もとは四季にあった。立春の前日。
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春社日

はるしゃにち

3月16日頃

 春分に最も近いつちのえの日をいい、田(土)の神様に五穀を供え、豊穣を祈ります。

春彼岸

はるひがん

3月18日頃が
「彼岸の入り」

 春分の日(3月21日頃)とその前後3日ずつを含めた7日間をいいます。彼岸の入りから4日目の、春分の日が彼岸の中日で、「国民の祝日」(内閣府)  です。
「暑さ寒さも彼岸まで」と言われ、この日を境に寒さも峠を越して温和な季候となるとされます。「彼岸」は、「現世を離れ極楽浄土の岸に到る」という意味の仏教の言葉で、墓前に花や線香を手向け先祖を供養する姿が見られます。

彼岸は、春分と秋分の前後の3日ずつの計7日のこと。初日を彼岸の入り、当日を中日(ちゅうにち)、終日を明けと呼ぶ。

春土用

はるどよう

4月17日頃が
「土用の入り」

 春の終わりの18~19日間で、立夏の前の日までが春土用の期間です。

土用は、太陰太陽暦では立春、立夏、立秋、立冬の前18日間を指した。最近では夏の土用だけを指すことが多い。
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八十八夜

はちじゅうはちや

5月2日頃

 立春から88日目をいいます。「八十八夜の別れ霜」といい、この日からは陽気もよくなり霜の害もめっきり減るといわれ、種まき・農事の目安となる日とされます。春から夏への境の頃で、茶摘みも始まり新茶の季節となります。

立春から数えて88日目をいう。霜が降りることが少なくなる頃。

『茶摘』
  文部省唱歌
 一、
 夏も近づく八十八夜、
 野にも山にも若葉が茂る。
「あれに見えるは
 茶摘ぢやないか。
 あかねだすきに菅の笠。」
 二、
 日和つづきの今日此の頃を、
 心のどかに摘みつつ歌ふ。
「摘めよ、摘め摘め、
 摘まねばならぬ、
 摘まにや日本の茶にならぬ。」

入梅

にゅうばい

6月11日頃

梅雨つゆ」「梅雨ばいう」に入る日という意味で、この頃から梅雨になるとされます。この日から、およそ一か月間を「梅雨」といいます。
「梅雨」とは、ちょうど梅の実が熟する頃に雨が降り続くことから付いたとされ、梅の実を熟させる雨という意味でもあるともいわれます。「ばいう」ともいいます。
暦上の「入梅」は6月11日頃とされますが、現在の実際の各地の梅雨入りは、気象庁の観測・予報によって発表されています。
太陰太陽暦では芒種の後の壬(みずのえ)の日。つゆの雨が降り始める頃。
《ちょっと知識》ばいう」は、国際的に通用する言葉で、オックスフォード英語大辞典にも Bai-u として載っている。  
オックスフォード英語大辞典  
梅雨入り・梅雨明けの平年値
  梅雨入り 梅雨明け
沖縄 5月9日ごろ 6月23日ごろ
奄美 5月11日ごろ 6月29日ごろ
九州南部(奄美を除く) 5月31日ごろ 7月14日ごろ
九州北部(山口県を含む) 6月5日ごろ 7月19日ごろ
四国 6月5日ごろ 7月18日ごろ
中国(山口県を除く) 6月7日ごろ 7月21日ごろ
近畿 6月7日ごろ 7月21日ごろ
東海 6月8日ごろ 7月21日ごろ
関東甲信 6月8日ごろ 7月21日ごろ
北陸 6月12日ごろ 7月24日ごろ
東北南部 6月12日ごろ 7月25日ごろ
東北北部 6月14日ごろ 7月28日ごろ
・2010年(平成22年)までの過去30年の平均(入り・明けを特定しなかった年は除外)の日付。
・最新のデータは気象庁でお確かめください。[気象庁     

半夏生

はんげしょう

7月2日頃

 「ハンゲショウ(半夏生)」が咲き、梅雨も明ける頃と言われる時期で、田植えを終える目安となる日です。夏至から11日目をいいます。
 この日を「農上がりの日」と定め、いばらまんじゅうを先祖に供えたり、農作業を休んで骨休めをする風習がある地域や、この日の天候で稲作の豊凶を占う風習のある所もあります。
「ハンゲショウ」はドクダミ科で、「半夏生」の時季に花を付けるのでその名が付いたといわれます。緑色の葉が白く化粧をしたようになることから、別名「半化粧はんげしょう」「片白草かたしろぐさ」とも。
 暦の上の「半夏生」は、「カラスビシャク(烏柄杓)」という植物が育ち花を咲かせるころという意味です。「カラスビシャク(烏柄杓)」は、サトイモ科の植物で、地下にある指の頭ほどの球茎が夏至のころに良く育つので、漢名・生薬名で「半夏はんげ」といわれます。すなわち、「半夏生」は「半夏」が育ち花を咲かせるころという意味です。漢方処方に「半夏厚朴湯はんげこうぼくとう」「半夏白朮天麻湯はんげびゃくじゅつてんまとう」などがあります。
 二十四節気の各節気をさらに3つに分けた「七十二候しちじゅうにこう」の1つに「半夏生」(はんげしょうず)があり、ここから作られた暦日とされます。七十二候での「半夏生(はんげしょうず)」は、その年によって違いますが、七月二日頃から六日頃までとされます。

太陰太陽暦では夏至より10日後とされていた。
 「七十二候」 


中元

ちゅうげん

7月(15日)

  「中元」とは、現在では、世話になった人などへ夏の時期に物を贈ること、または、その品物を指して使われます。
「 中元」という言葉は古代の中国から来ており、中国では1月15日を 「上元」、7月15日を「中元」、10月15日を「下元」として祭りを行ったということです。それが日本に伝わり、中国の「中元」が仏教の「盂蘭盆会うらぼんえ」と結びつきお盆となり、日本に昔からあった半年の節目に贈り物をする風習とも結びついて、現在の「中元」の習慣ができたということです。
「中元」を贈る時期は、一般的に関東では6月下旬~7月15日まで、関西では7月上旬~8月15日までとされているようですが、地域によって違いがあるようです。

お盆・盂蘭盆

おぼん・うらぼん

7月15日
(8月15日は月遅れ)

 「お盆」は、亡くなった人の霊を迎えて供養する仏教の夏の行事です。「盂蘭盆うらぼん」という言葉の略で、「盂蘭盆うらぼん」は、梵語(サンスクリット語)の、「ullambana (ウランバーナ・ウラバンナ)を音訳したものとされているようです。
盂蘭盆会うらぼんえ」は、旧暦(陰暦)の7月15日にお寺で営まれる法会のことです。
「お盆」は、中国の7月15日の「中元」の風習が日本に伝わり、結びついたともされています。
「お盆」は、元々旧暦の7月15日を中心に行われた行事ですが、現在では、新暦の7月15日をはさんだ7月13日から16日に、もしくは、「月遅れ」といって、8月15日をはさんだ8月13日から16日にかけて行われることが多いようです。
 東京など関東では7月に行われるようですが、現在ではほぼ全国的に月遅れの8月に行われることが多くなっています。
 年によっては、新暦の8月15日が旧暦の7月15日と重なることもあります。[海上保安庁海洋情報部・天文と暦  
 13日には「迎え火」を、16日には「送り火」を焚きます。「送り火」は、15日に焚く地域もあるようです。仏壇の前に置いた小机に「真菰まこも」や「すのこ」を敷き、または、仏壇の引き出しを使って「精霊棚しょうりょうだな」(盆棚)を作りお供えをします。
 16日の「送り盆」には、盆棚のお供えを真菰に包んで舟の形にし、明りをともして川や海に流す「流し盆」や「盆流し」という風習がありましたが、現在では、「七夕流し」と同じように、川を汚すことから一部の地域以外は行われていないようです。
 故人の四十九日が明けたあとの、初めて迎えるお盆を「 新盆にいぼん」といいます。アラボン、シンボン、ハツボン、ニュウボン、アラソンジョ、ニイジョウロ、ネジョウレイなど、呼び方は地域によって様々です。

夏土用

なつどよう

7月20日頃が
「土用の入り」

 夏の終わりの18~19日間で、立秋の前の日までが夏土用の期間です。現在では、単に「土用」というと「夏土用」を指すことが多くなっています。

土用は、太陰太陽暦では立春、立夏、立秋、立冬の前18日間を指した。最近では夏の土用だけを指すことが多い。
 指定した年の土用を調べる 
 夏バテをしないために、「土用の丑の日」に栄養価の高いウナギを食べると良いという言い伝えがあり、一部にその風習があります。
 土用の丑の日に鰻を食べるようになったのはいつ頃からなのか? 
  奈良時代(8世紀)の 大伴家持おおとものやかもち さんが、「夏やせには鰻がよいですよ。鰻を食べなさい」と言っています。
 大伴家持が詠んだ「鰻」- 万葉集 

二百十日

にひゃくとうか

9月1日頃

 立春の日(2月4日頃)から210日目をいいます。台風がやって来る厄日とされ、稲の開花期にあたる地方では、台風の被害から稲を守る警戒の目印にした日とされます。統計的にこの日が特に台風が多いというわけではなく、台風シーズンを警戒するという考えから来ていると思われます。

立春から数えて、210日目の日。

二百二十日

にひゃくはつか

9月11日頃

 立春の日(2月4日頃)から220日目をいいます。二百十日とともに台風がやって来る厄日とされ、稲の開花期にあたる地方では、台風の被害から稲を守る警戒の目印にした日とされます。統計的にこの日が特に台風が多いというわけではなく、台風シーズンを警戒するという考えから来ていると思われます。

秋彼岸

あきひがん

9月20日頃が
「彼岸の入り」

 秋分の日(9月23日頃)とその前後3日ずつを含めた7日間をいいます。彼岸の入りから4日目の、秋分の日が彼岸の中日で、「国民の祝日」(内閣府)  です。「暑さ寒さも彼岸まで」と言われ、この日を境に寒さが増してくるとされます。「彼岸」は、「現世を離れ極楽浄土の岸に到る」という意味の仏教の言葉で、墓前に花や線香を手向け先祖を供養する姿が見られます。

彼岸は、春分と秋分の前後の3日ずつの計7日のこと。初日を彼岸の入り、当日を中日(ちゅうにち)、終日を明けと呼ぶ。

秋社日

あきしゃにち

9月22日頃

 秋分に最も近いつちのえの日をいい、田(土)の神様に初穂を供え、豊穣を感謝します。

秋土用

あきどよう

10月20日頃が
「土用の入り」

 秋の終わりの18~19日間で、立冬の前の日までが秋土用の期間です。

土用は、太陰太陽暦では立春、立夏、立秋、立冬の前18日間を指した。最近では夏の土用だけを指すことが多い。
 指定した年の土用を調べる 

元日

がんじつ

1月1日

 年のはじめを祝う「国民の祝日」(内閣府)  です。
元日がんじつを、「元旦がんたん」と言うことがありますが、「元旦」とは日が昇る間のことを言い、1月1日の午前中の早い時間を指すとされます。
  旦という字は、太陽(日)が地平線・水平線( _ )上に昇る様を表し、元旦は、元日の朝ということになります。このことから、1月1日の、その日一日を「元旦」と言うのは間違いということになります。

『一月一日  ~としのはじめ~』
  作詞:千家尊福
  作曲:上 真行
 一、
 年の始めの ためしとて
 終わりなき世のめでたさを
 松竹まつたけたててかどごとに
 いおう今日こそ楽しけれ
 二、
 初日の光差し出でて
 四方よもに輝く今朝の空
 君が 御影みかげたぐえつつ
 仰ぎ見るこそ尊けれ

寒の入り

かんのいり

1月5日頃

 1月5日頃にある「小寒」の日を「寒の入り」といい、寒さが一段と厳しくなる頃です。「寒」や「寒の内」は、「小寒」から「節分」までのおよそ1か月間をいいます。
 寒さの厳しい「寒」の間に、武道や音曲などの鍛錬をすることを「寒稽古」といいます。「寒明け」は、「立春」になることです。

冬土用

ふゆどよう

1月17日頃が
「土用の入り」

 冬の終わりの18~19日間で、立春の前日までが冬土用の期間です。

土用は、太陰太陽暦では立春、立夏、立秋、立冬の前18日間を指した。最近では夏の土用だけを指すことが多い。
 指定した年の土用を調べる 

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Last updated : 2024/06/28